2017-03

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自伝奮闘記【泣き虫プロデューサーの遺言状】 タイトルの話



こんにちは。目が真っ赤なので度付きサングラス掛けています。

今日は、昨年11月に講談社から出版させていただいた自伝奮闘記【泣き虫プロデューサーの遺言状】のタイトルの話です。


TwitterでUPしましたが、漫画家 村枝賢一先生が丁寧に描いていただいた色紙にオヤジの顔と『泣き虫プロデューサー 平山亨さま』とあります。

それを見ながら

「すっかり、泣き虫プロデューサーが代名詞になったなぁ。」と云います。

でも、その表情は笑顔です。嬉しいのでしょう。


あの自伝奮闘記のタイトル、案はいくつかありました。

「サラリーマンプロデューサー・・・」という案も。

何処かで話しましたが、私自身、サラリーマンはどうしてもネガティブな響きを感じており

最後になるであろう出版をする上で、病室に資料を持ち込み

オヤジがタイトル、表紙のデザイン、写真を決めました。

オヤジの背中を見て育った私は、いつも家にはいない正確には、息子どもとの生活サイクルと合わない行動

でした。父の寝息、いや、イビキが爆撃機のような音が襖の向うからすると「帰ってきているんだ」と安心し

ていました。

今は、2011年4月の緊急入院時から20kg痩せました。驚くほど静かな寝息です。

時には顔に近づいて、ちゃんと呼吸しているか確認する時もあるほどです。

どうしても、サラリーマンという言葉の響きに、9時‐17時就業 時には命令で残業も、という職業。

私もかつて、サラリーマンをしていましたからそんな生易しいことでは無いのは理解しています。

オヤジの業界でも、打合せの時に「もう時間ですから帰らせてもらいます。」という人がいてフォローに困ったという事を聞いたことがあります。

オヤジは好きな仕事をさせてもらっているのだからという考え方だったのでしょう。

私達家族の前では「疲れた。」という言葉を吐いたことがありません。

疲れないことなんてありません。

家族には、「少しだけね」と笑顔で云い襖の向うから大音量のイビキが聞こえると、子どもながら「疲れているんだよね、そっとしておこう」なんて会話してました。

入院してからオヤジからこんな話がありました。

「寂しい思いをさせてすまなかったな。」

「そんなことないよ。」

「僕が負けじ嫌いなのは知っているだろう?」

「オヤジが元気に仕事して、スタッフロールにオヤジの名前がでるのが自慢だったよ。」

「そうか・・・」

テレビの前で大好きなヒーローが活躍するのを、待っている子ども達のために働きつづけた。

そんなオヤジの自伝奮闘記【泣き虫プロデューサーの遺言状】タイトルが『泣き虫』で良かった。


なんだかグチャグチャな文章になりました。ごめんなさいね。

今日の話題はここまで。
ではまた。

先生のイラストUPしたいけど、何故か上手にできません(汗




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テーマ:特撮ヒーロー - ジャンル:テレビ・ラジオ

オヤジとの会話と 俳優 伴大介さんの舞台告知

伴さん舞台


昨日、オヤジへの面会帰りに俳優 伴大介さんのお誕生日会へほんの少しお邪魔してきました。

もっと早く会場へ駆けつけたかったのですが、病院から出発するのが遅れてしまいました。

それは、搾り出すような小さな声で私と会話してました。

疲れているのかずっと眠っていました。このところ、そんな状態が多いのです。

2年前の緊急入院から20kg痩せました。また、点滴投与が続いていますからさらに痩せたように感じます。

布団の隙間からみえる脚などは、もう棒のようです。

そんなオヤジですが、痰吸入ビン交換時に目が覚めました。

薄目を開けたオヤジに見えるように差し出し「次男坊がきてるぞ!」大き目の声で呼びかけます。

認識したようです。唇が動きました。

また、うつらうつらしてきます。

お見舞い客がお見えになっても、会話が途切れるとそんな状態です。

また、薄目を開けてきました。

「今日は、ファンのみなさんが俳優 伴大介さんの誕生日をお祝いしてくださるようだよ。」

「ちょっと顔出して、挨拶してくる。」

オヤジは小さな小さな声で

「いつだ?」

「今日の夕方だよ。」

「何処で?」

「@@@でね。」


もう皺くちゃな痩せた手を一生懸命に挙げて、いつもの「よろしく」というサインを出します。

「分かった。伴さんやファンのみなさんにオヤジは大丈夫、と伝えるよ。」

今度は火曜日だよ。と手を振って病室を出ます。

いつもの事ですが、オヤジの病室を出た後は

『辛い気持ち』と

『オヤジという、もの凄い存在を支えなければならないプレッシャー』に

押し潰されるような気持ち
がこみ上げてきます。


話題を変えて

先日も別の媒体でお知らせしました。

来る5月22日から幕開けとなります 俳優 伴大介さん出演の舞台のお知らせです。

詳しくは、此方からご確認ください。http://wakanado.wordpress.com/

場所は、東京銀座というアクセスが良い劇場です。

では、みなさん劇場でお会いしましょう。

今日の話題はここまで。
では、また。

テーマ:特撮ヒーロー - ジャンル:テレビ・ラジオ

お喋りができた父に聞いてみた



おはようございます。

今朝のウイザード視聴していました。(キョウリュウジャーもね。)
あのでかいクラウンを振り回した運転技術も凄いですね。

さて、昨日はX氏が父の見舞いに来て下さいました。
父がX氏を認識できるか、会話が成立するか心配しておりましたが
父と長年ご一緒させていただいた方なので、ただ父の発言に頷くことが
多い会話でしたが、何と30分も会話が出来ました。

私は少し離れた窓際で父の体調急変に備え、会話を聞いておりましたが

父はひたすら仕事への熱意を訴えるのです。

もう寝たきりの状態になりつつあります。

それでも仕事がしたいのです。

X氏は長期間面会をお待ちしていただきました。理由は書きません。


お喋りができた父にこんな事を聞いてみました。

「あのな、伝聞で聞いた話だけど聞くぞ。」

目でOKを出す父。

「A氏はオヤジに頭が上がらない。オヤジはB氏に頭が上がらない。」「どうなの?」
父にはもっと具体的な呼称や内容で聞きました。

父は少しの時間考えていました。あの事を聞いていることは理解したようです。

「僕がその言葉を使ったかもしれない。ただ、真意が伝わっていないね。」

「頭が上がらないという言葉は、ある種“平伏す”という意味があるんだ。」

「以前、お前に話したがプロデューサーというのは、“お願いしてやってもらう”というスタンスじゃ駄目なんだ」

「豪腕なもの云いかもしれんが“嫌でもやらせる”というのが正しいかな」

「お前の聞きたいことは分かった。じゃあ、頭が上がらないという言葉を“感謝”という言葉にしたらお前でも分かるだろ?」

私は、この件でモヤモヤをずっと抱えていました。
父に聞いてよかった。

父の周辺の事が伝聞で耳に入ります。
伝聞で伝わったことが、真実と違うことが多数あります。

“僕”“私”こんな話知っているのよ。とお話するのは自由です。

ただ、真実を曲げられるのは困ります。

父がずっと仕事への情熱が持ち続けられますように。

自分の家族も大事だけど、父への比重が重くなろうとも支えていきます。


追記
【泣き虫プロデューサーの遺言状】の出版に関してX氏からお叱りをいただきました。

「どうして一言、出版前に声を掛けてくれなかったのよ?」

「緘口令がでていました。父が本を出すとなれば我も我もとなるでしょう。それは避けたかったのです。」

納得したか否かは不明ですが、父に会えたX氏は饒舌でした。

今日の話題は、ここまで。
では、また。



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拡散希望!!【父の仮面ライダーへの想い】のはなし

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こんにちは。
一日中、雨降りの日でしたね。こんな日は、運転も慎重になります。

今日の話題は【父の仮面ライダーへの想い】のはなしです。


面会時間ピッタシの時間に病室へ入りました。
珍しく、ベッドに横たわりながらTVを観ていました。


父との話題は、27日出版する『泣き虫プロデューサーの遺言状』の出版にこぎつける、これまでの経緯や出来事を一通り報告。
その話を「うん、うん。」と頷きながら上機嫌になっていきます。

まだ、その内容をブログ上で語ることができませんが、いずれどこかでお話できる機会があればいいかなと思っています。

珍しく、父が家族の様子を聞いてきました。包み隠さずこれも報告。
父は、自分自身が動くことが叶わず、私に「頼むぞ。」と、一言。
その一言にいろいろ父の言いたいことが含まれていることは、父の表情を見ればわかります。


しばらくして、病院内の医療相談員がお話したいと病室までこられました。

話の内容は、父の今後のことです。4回目の入院から3ヶ月が経過しましたが退院できるはずもなく私自身も気を揉んでいました。
相談員の提案は、現時点の病状では介護施設での受け入れは難しい。病院内での療養型の病棟に移りませんか?という内容であった。当然、費用もこれまで以上にかかるが、選択肢は1つしかない。

「お願いします。」と書類にサインをした。

ベッドが空き次第、そちらへ移ります。

父には、また近々ベッドが移るからねとしかいえませんが。


父と他愛もない会話が続き、先日機材を担いで父と一緒にみた仮面ライダーの映画の話題になりました。


父はそこでこんな話を聞かせてくれました。

『番組でも、ヒーロー映画でもそれを作るとき、製作側と視聴者(観客)との間にもう一人いるんだ。』

『もう一人って?』

『子供の僕だよ。』って真顔で云う父。

その番組や映画を子どもが見て面白いか? そこが大事なんだよ。



昔から、理屈っぽいシナリオを嫌っていた父。

僕自身子どもだからと云う父。

その理由がわかった会話でした。


今日の話題は、ここまで。
では、また。

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拡散希望!!【季節はずれの雪だるま】のはなし

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こんにちは。
昨日は、天候があまり良くはありませんでしたが機材を担いで見舞いに行ってきました。


今日の話題は【季節はずれの雪だるま】のはなしです。


父の病床の近くに病院にありがちな小さな収納棚があります。
そこの扉に、所狭しと見舞い客と一緒に収まった写真が貼り付けてあります。
これ、父のリクエストで貼り付けたのでした。

父は、意外と寂しがり屋で見舞い客が途絶えると、「今日は来ないのか?」とポツリと呟いたりしています。
そうそう、連日のようにかつての関係者も訪れることもなく、介護施設のように頻繁に会話することも無い環境ですので、音を消したテレビ映像を点けっ放しで過ごしています。

息子の私も、週2回の面会をするスケジュールにしました。
巷で、「もっと親孝行すれば良かった。」という話を聞きますが、「後悔しないようにできる限りのことはする」と考えてのことです。

ちょうど、土曜日は母のデイサービス(ショート)の送り出しに行かなければなりません。
16歳になる老犬を飼っているので、留守番が居ないと外出はしないからです。
毎土曜日は、この季節まだ外は暗い4時起床、5時出発で実家へ向かいます。もっと、遅くても大丈夫だと思うのですが、30分遅れるだけで大渋滞になる可能性があり、時間を厳しく躾けられた私は、早く出発するのでした。

実家の呼び鈴を鳴らすと、母が出ますが何故息子が来たのか理解できていません。
そこから、母と私との口喧嘩が始まります。いままで、母と喧嘩というのもをした事がありませんでした。

出来る理由があります。母は、さっきしたこと、されたことを記憶できません。何を言われようが覚えることができなくなりました。だから、口喧嘩できるのです。

毎回、「今日は、老人会に行く日でしょ?」と云うのですが

「いかない。」「なんで、前もって電話しないのよ!」と、激しい口調で罵ります。

「だって忘れるでしょ?」

「今日は、いかない」

「俺は、云えないから母さんいいなよ! それが筋でしょ」

「云うから」・・・


毎回同じやりとり。それは、作戦のうちでした。
母の性格から、自分からきっぱり断ることができないのです。

迎えに来てしまえば、
「あら、ちょっと待って・・・」と、なるわけです。


行けば行ったで、笑顔で行って楽しかったと云う母。


その工程の延長線上で父の面会に行くことができるのです。
それでも、病院にたどり着くのは15時前後。


そこから会話が始まります。

今日は、日々の面会時の父の様子を簡単に・・・

冒頭の写真は、孫がつくった季節はずれの雪だるまです。
その写真がPCに保存してあったので、話題提供で父に見せたのです。

父にとっては、我が娘は唯一の孫であり子ども好きの父にとっては、まさしく目に入れても痛くないほどの存在です。孫が書いた「書」や見舞い時の孫と写っている写真を持参した中に、この季節はずれの雪だるまはありました。

孫が住んでいる東京の庭です。隣に花が咲いているので本当に春に近い降雪だったのでしょう。

父は、この写真をずっと手放そうとしませんでした。

おそらく、いろいろなことを考えていたのではないでしょうか。


余談
昨日は、仮面ライダーの映画3本をDVDで一緒に観ました。
①ゴーゴー仮面ライダー
②仮面ライダー対ショッカー
③仮面ライダー対じごく大使

先日、お見舞いに来てくださった俳優 堀田眞三のこと。怪人のベルトをしていない理由。などなど

父は視聴していると自然にカラダが前のめりになってきます。
好きなんですね、仮面ライダーが。

途中あまり話しかけないようにしていました。
懐かしそうに、そして真剣に視聴していましたからね。

また、「違う映像を借りてくるよ」と父を約束してきました。


今日の話題は、ここまで。
では、また。

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拡散希望!!【父が平成版仮面ライダーをどのように思っているのか?】のはなし

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こんばんは。

今夜の「マツコ&有吉の怒り新党」は、“柔道一直線”が視聴できますよ。
アクションは、あの大野剣友会の面々が創意工夫をこらして作り上げたもので、後の仮面ライダーへとつながっていくのです。


さて、今日の話題は【父が平成版仮面ライダーをどのように思っているのか?】のはなしです。

おそらく、その質問は誰もが知りたい事であり、父もほとんど語ってこなかった話題でした。


それは、火曜日に私が面会に行ったときのことでした。


私は徐に
「聞いていいかな?」

「ん?なんだ。」

「オヤジは、平成から始まった仮面ライダーをどう思っているのかい?」


一呼吸置いて、父はしゃべり始めた。

「なあ、僕なんかがそんな事を喋ってはいけないと思うんだ。スタッフや関係者が“一所懸命”に作っているんだからさ。」

その言葉を喋る姿は、顔をくしゃくしゃにしていた。


父は、何本も番組を掛け持ちで撮影現場に行くことが出来なかったと云う。
それでも、現場のスタッフが大変な想いで、ひとつひとつの放送分をつくっていた内容を聞いていた。


元々、父は他人がつくった映画や番組をあれこれ批評めいたことを云うのを嫌っていた。
それが、「なるほどね。」という言葉を使ってきた理由だ。

「なるほど。」という言葉は、聴いた人にとってはプラスにもマイナスにも解釈できる。

父の過去の発言にもその欠片が覗いていた。

平成版仮面ライダーのキャラクターつくりに、当時のスタッフからアドバイスが欲しいと連絡があったようだ。


そんな時でも、私には「僕なんか気にしなくていいから、自由にやればいいのに。」と云った記憶がある。

その発言を、「そんな事を云うはずがない!」という人もいたが、事実なんだ。


父は、「なあ、僕なんかが・・・」と云ってから自ら話題を変えてしまった。


東映さんを退職してからも、《愛社精神》が感じられる言葉を使う父。


昭和ライダーが好きなファンが望むような言葉は、父の口からは出ませんでした。
これからも、云う事はないと思います。


余談
藤岡さんが大怪我された後、番組の存続がかかる会議を父が思い出して語った内容。
近々にブログ記事に纏めたいと思います。
乞うご期待。

今日の話題は、ここまで。
では、また。

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拡散希望!!【父の見舞い時のひととき】のはなし

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こんにちは。
巷は、ロンドンオリンピック開幕前の話題で盛り上がっていますね。
子ども達が夏休みに突入して、楽しい夏休みを過ごして欲しいと思います。

今日の話題は【父の見舞い時のひととき】のはなしです。

昨日は、恒例の見舞い日でした。通常の時間には父の滞在場所へは行く事が出来ませんでした。
その日は、母の介護認定の面接日であり兄が「お前も立会ってくれ」という要請があって、約束した時間前に母の住むところへ参上していました。
母の事は、基本的に兄が面倒を見ているのですが、トラブルが発生する度にその対応に追われ、兄は疲弊していました。兄がこのような話をしてくれました。

「俺の周りの人が気にしてくれて、いろいろ声を掛けてくれるんだけど、ほとんどが事実上体験していない人が言う言葉に疲れている。よく云われるのが“一緒に住んで面倒見てあげるべきじゃないか?”その言葉が刺さるという」

私は
「その言葉、良く云われるな」と同意。

兄の考え方はこんな感じだ。
兄は、カタギの仕事であり勤め人だから、早朝から終電まで仕事をしている。一緒に住んだところで、一日中面倒が見られる訳じゃない。今でも、仕事中に携帯電話で実家から電話が何度も着信がある。仕事中は電話を取る事ができないんだ。じゃあ、逆に親の面倒を中心に生活を切り替えること、イコールは、現在の仕事を辞めるという事。それこそ“共倒れ”になってしまう。良くあるニュースで介護疲れから殺めてしまう事件があるだろ。やっと、当事者の気持ちがわかったよ。

昨日、ある種の覚悟が必要だなと兄は云った。

母が住む家で何がおきようが、母自身の問題だからいい。だけど、火事を起こす事だけは避けなければならない。類焼したら、詫びようがないからな。

兄は、近所の交番にも声を掛けているようだった。

そんな会話がひとしきり終わり、市役所の方との面談が始まった。もう、何回目の面談だろうか?
一通り職員の面談での質問を聞いていたら、返答の内容が凄い。何度か医師に聴かされたのだが、自分を取り繕う行為をするというのだが、まさにその通りであった。

その内容は、母の沽券にかかわる事なので控えたい。

いつもより2時間遅れで父のもとへ。
いつもの場所で、やはりテレビを観ていた。

遅れた理由から父との会話が始まった。
私は、父に嘘はつくことができない。そんな事で、母の状況を一通り説明した。
父は
「そりゃ大変だな・・・僕が車椅子生活でなければ良かったのに・・・」

父は8歳年下女房へ気遣いをみせた。

大リーグのイチロー選手の話題やら、例の中央公論の「正義について」の記事やらを話すのだがいつもとは様子が違った。「正義について」の話題は、特定の記事を指すのではなく、寄稿したそれぞれの方々の内容についてであった。
特定の方の記事については「俺が、彼にいろいろ云ってやらにゃあ、いかんな」とブツブツ云う。

息子は父に云った。
「終戦を16歳で迎えた歳の父(現在83歳)と、その方(今日現在47歳)が話をしても難しいのかな。基本的な体験が違うのだからね。(以下省略」

それを聞いた父は、何かを云いたそうだった。
その言葉を云った後、父に申し訳ない気持ちになった。

父は、常々「僕は子供だから」と云う。

父に年齢は関係ないのだった。
確かに多読の王者と自認する知識は凄いものがあり、思想面でも大変深いものがある。

『子ども達の気持ちは、時代が変化しようとも根本は変わらないんだ』というのが父の持論だった。

そして、番組制作でも困難にぶつかっても、それをどうにかして乗り越えようと苦心していたようだ。

あの【伝説のイベント】で父の関係者からこんな言葉をいただいた。

『できない事は、どうやってもできない事があるんですよ』お父さんへ伝えて下さい、との伝言を預かった。

当時入院だった父に、伝えた記憶がある。

父は、それを聞いて
「そうだな・・・」と小さな声で答えた。

昨日は、父に云ってはイケナイ事を云ってしまったようだ。
父の不機嫌が久しぶりに始まった。

父は、我が子のような『仮面ライダー』という冠がついた番組が可愛くて、でも心配でならないのだ。
現在のスタッフが頑張ってくれているのは理解しているようだ。でも、何かを云ってやりたくてしかたが無いのだろう。

父の番組に対する“思い”は、現スタッフに届いているのだろうか・・・
父は、ちゃんと情報は得ていますよ。見守っていますよ。
でも、現場に行って、あれこれ指導してあげたい気持ちが空回りする現実。

現実は、もうそこの社員でもない。当時、その番組を立上げ、つくった男のひとりでしかないのだから。


今日も纏まりの無い文章で申し訳ない。


今日の話題はここまで。
では、また。

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拡散希望!!【私が小さい頃、父の仕事って何?と思った】のはなし

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こんにちは。
Twitterで質問してみたのですが、ニチアサの視聴をリアルタイム派?それとも録画派?の回答は、現在のところリアルタイム派が多いようです。視聴率の機械取り付ける家庭は、ある条件で成り立っていると聞きました。
それでも、視聴する形というものは一度固定されてしまうと中々、覆すことができないようです。
生活のリズムというものは、それぞれの家庭で異なり日曜日の朝などは遅くまで寝ていたい習慣がつくと、録画派になるのでしょうね。
それでも、父の時代には、その捨て時間帯と呼ばれた朝を、関係者や局などの一致団結した努力で20%台まで視聴率が得ることができました。それは、CX系で放映された『ペットントン』でしたね。


さて、今日の話題は【私が小さい頃、父の仕事って何?と思った】のはなしです。

もう、40年以上も前の話です。
小学校の課題で『お父さんの仕事』があったのです。
父がテレビ番組をつくる仕事に就いていることは、知っていました。でも、具体的にプロデューサーって何?、作文が書けないじゃん!となったのです。おそらく、それが切っ掛けで例の生田スタジオに私を連れていく事になったと母に聞かされました。

記憶が鮮明に有るのは、生田スタジオに隣接するプレハブハウス2階建ての一室、たしか一階の炬燵のある部屋でした。そこで父は、戦友である内田有作さん等と喧々諤々と、時には大笑いしながら何やら会話をしていました。
とにかく、人に会って話す光景が目に焼きついています。

父にこそ云いませんでしたが、母には「何だか炬燵の部屋で大笑いしながら話していた」と伝えました。
母は、「そうなんだ・・・」と多くは語りませんでした。おそらく、世の中に疎い母自身も、父が外で具体的に何をしているのかは、半分ぐらいした知らなかったのでしょう。母は、むちゃをする父が過労で倒れることが心配でした。亭主元気で留守がいい、なんて事を思っていたのではないかな?


昨年、父が緊急入院してから、一緒に過ごす時間が増えました。我が娘との過ごす時間より遥かに多い時間です。娘には、「ごめんね」と云うと、「私は大丈夫だから、お爺ちゃんの所に行ってあげてね」と云う娘。優しい気持ちに育ててくれた、かみさんに感謝しなければならないね。

父との面会時間は、私の質問からどんどん話題が広がっていきます。広がりすぎの時は、ちょいと修正なんかして。

太秦時代から、ずっと年代を追って番組別に話は盛り上がります。おそらく、息子にずっと話したかったのかもしれません。自分の話よりも、それぞれの番組にかかわった関係者の話をしてくれます。
先週は、昭和44年に放映した『花と狼』話題。博徒ものです。そこから台本を、かの有名な俊藤浩滋プロデューサーに移り、忙しい俊藤プロデューサーに博徒ものの台本を見てもらったことを話してくれる。
話は遡り、太秦時代の映画の話題へ。父が師と仰ぐ松田定次監督作品の話へと続く。そして俊藤プロデューサーの娘さんである藤純子(現:富司純子)さんが松田定次監督の作品『バラケツ勝負』が出演されて、松田監督の命令で藤純子さんの台本を見てあげてたという。全く教える事もなく、セリフは全て覚えていたし、設定人物も理解されていたのだった。父が思ったことは、藤純子さんが両親に恥をかかせてはいけないという思いだったのではないだろうかというのだ。

父の話し方に慣れていない方は、どんどん話が広がるのでビックリされるであろう。座談会やイベントなどでは、スロースターターの父に如何に喋らせるか?そして、乗ったら乗ったで、話の脱線をどこで修正するか苦心していると関係者から聞いた。何方かのHPまたは、ブログを見たのだが、お爺ちゃんの喋り?それは、否定しません。

何のイベントだったのか、客席最前列に陣取った父がMCとゲストとの会話に割り込む。悪意はありません。許してください(笑)

話を本題に戻そう。
父の関係者の方々の話を聞くことは、純粋に楽しい。
熱気と気迫が伝わり、それぞれが、それぞれの役割をきっちりと果たし、同じ目的に向かって進んでいく姿が目に浮かぶ。
そんな方々と『炬燵のある部屋で喧々諤々と、そして時には大笑いして“素晴らしい番組”にしていく』それが、父の仕事なんだと思う。

そんなことを思った事を父に伝えた。
父は、一言
「やっとわかってくれたか?」

息子は、この言葉しか出てこなかった。
「やはり、オヤジは凄い」


余談
伴大介さんの計らいで、伴さんの公式HP:メッセージに掲載されました。
また、ハワイで人造人間キカイダーを広めてくれた、ジョアン二宮さんが
Generation kikaida の facebook にも紹介されています。
世界中の人に、父の思いが届きますように。


余談2
冒頭のCDは、7月25日発売です。
DVD付きだそうで、Amazonでも予約購入できます。


今日の話題は、ここまで。
では、また。

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拡散希望!!【どっこい大作、影の若者の頑張り】のはなし

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こんにちは。
昨日、利用している住居が大家さんと管理会社との契約が解除になる話を受けて引越しを考えなければならない状況になりました。最近、流行の家電、家具付きの部屋だったので同条件での部屋探しが始まり右往左往しております。まあ、なんとかなるでしょ。引越しが面倒なだけですから。

さて、今日の話題は【どっこい大作、影の若者の頑張り】のはなしです。

数ヶ月前に『どっこい大作』の話題を取り上げました。閲覧数はあまりヒットしませんでしたが・・・
番組のスタッフ名のクレジットを見ると、父と並んでプロデューサーに七条敬三さんが掲載されています。

アニメ『Dr.スランプ アラレちゃん』の名プロデューサーとして功績を残されている方です。
現在は、アニメ、特撮などの世界から離れ海外で別のお仕事をされているようだと、噂で聞いております。

その『七条さん』の“どっこい大作”での頑張り、父からの教え・・・の内容です。

七条さんは、東映東京制作所で演技事務という職に就いていました。慶応ボーイで外国語が堪能で、映画がつくりたくて会社に就職したのに国際部という映画の輸出入をしておりました。

父が『超人バロム・1』という番組を始める時に父をアシストするプロデューサーがいなかった。会社でもおプロデューサーの人手が足りなかったのだ。
その七条さんが、プロデューサーをやりたいと父の戦友でもある内田友作さんにお願いをして、内田さんからテレビ部の管理部長だったHさんに申し出てくれたのだ。

父は、このように七条さんに云った。
「僕には、人事の決定権はない。実質的なアドバイスはしてあげるけど、プロデューサーに向いていない人を推薦したら君のためにならないと思うんだ。君がプロデューサーとして向いているか否か、君なりやってくれ」

父なりのプロデューサーの最低条件を事あるごとに教えていた。彼なりに精一杯勤めて局プロのSさんにも気に入ってもらい番組を一本撮り終えた。幸運なことに、局から根性ドラマの制作を依頼されて、テレビ部のプロデューサー不足もあり晴れてプロデューサーの見習いとなった。

父は、プロデューサーという職業は監督と並んで、なにかと話題にされたり批判されたりと矢面に立つことがあるものだと感じていた。それは、みんなが憧れる職業であると同時に辛い仕事でもあると感じていた。

だから、父は七条さんにこうアドバイスした。
「自ら持することに厳しくあれ」

プロデューサーというのは、どうしても命令系統の上位にたってモノを言わなければならない職です。
本来ならば年功を積み職歴も功績大で、誰でもその人の云うことなら文句の云えないキャリアの持ち主でなくてはできない職なのです。
「なんで、お前の云う事をきかねばならん?」
それを軽減するためには、うんと自らを戒めなければならない。

「あんなに頑張っているのだから、許してやろう」
という雰囲気が大事なのだと父は考えていました。

だから、七条さんは頑張った。
“どっこい大作”での劇中後見役に名優:志村喬さんをお願いした。しかし、名優に来ていただくには生田スタジオは、あまりににもボロすぎた。
内田さんは、俳優控え室を急遽こしらえたが、バラックはバラックである。
後は、我々の誠意しかない。
父は、志村さんに云った。
「これから、七条君が志村先生のお付きをいたします。毎朝クルマでお迎えに行き、帰りもお送り致します」
六本木と生田。七条さんは、一日も怠らず任務を果たし、おかげで志村先生に可愛がっていただき思わぬお褒めに預かったのだ。

七条さんは、私とも面識はあった。それは、平山家へ訪問してくれたからだった。
東京都府中市に家があった時期だったと記憶している。
そこでのハプニングがひとつ。
ガソリンスタンドが開いていない時だったから、正月だったのだろうか?
賑やかな話が終わり、七条さんが自家用車で帰ろうとするとなんとガス欠で動けない。
そこでどうしたか?
七条さんは、父のクルマからガソリンを灯油を汲み出す手動式ポンプを「パフパフ」させたがタンクまでは遠く、ガソリンは汲みだせなかった。
次の一手は・・・
短めのホースを使うことだった。そこで、給油口から差し入れたホースの出口を七条さんが咥えて、汲み出す勢いを付けようとしたのだ。
結果は、汲み出すことは成功した。しかし、これにはオマケがあった。
七条さんは、どのくらいの量だか本人も云わなかったのだが勢い余ったガソリンを呑んでしまったのだ。
大変苦しそうにしていた記憶があるが、その後元気に仕事をしていたというのだから大事には至らなかったのであろう。

名プロデューサーとなった七条敬三さんでしたが、何故この業界から去ったのか?
その理由は父の口からは聞いていない。

今日の話題は、ここまで。
では、また。

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こんにちは。
このところ、都心部へ行く事が多くなりました。
空模様が怪しい季節になってきたので、私が好きな風景も暫くはお預けです。

さて、今日の話題は【映画 MOVIE大戦 MEGAMAX】DVDを父と並んで観た!のはなしです。
昨日、恒例の見舞い日でした。遠路遥々と、父の顔を拝みに行きますが元気にしております。年齢相応の衰えは、ありますが『喋る事』は、衰える事を知りません。昨日も、延々と喋り続けておりました。

父には、評判の良い坂本浩一監督が撮った『仮面ライダー』の映画を一緒に観ようと前々から云っておりました。
家族の面会は私のみです。
1週間ぶりですから、何やら頼み事が多いのですが、これを観てからと並んでDVD鑑賞となりました。

父は、仕事上の試写会などでは『なるほどね』と云って、その場を去ることが多いと云っていますが、今日は、勝手が違います。息子と2人だけの鑑賞です。この映画を観ながら、少ないながら批評を云ってくれました。

冒頭の昭和ライダーの戦闘シーンで。
おそらくハンドカメラで撮影したのでしょうか?その画面には「おおッ!」と驚きの声を出しておりました。

綺麗な女優さん(本業はモデル?さん)が、ハイキックを見せるシーンは、『いいねえ』と。

ただ、中盤以降の戦闘シーン(殺陣)について、注文がつきました。
『急ぎすぎだなぁ?』
『エッ?急ぎすぎって?』
『間が取れてないだろ?間が取れてこそ、もっと格好良い殺陣になるのに、もったいない・・・』

財団Xの一員にダンテ・カーヴァー(Dante Carver)さんを起用した事について。
『彼、白い犬がでてくるCMのお兄さん役だろ?勿体無いなぁ。観ている子ども達はCMのイメージがあるからね』
『でも、彼自身、武道の心得があるという話だよ』
『それなら、違う起用法があるはずだよ』
『ライダーの技を磨く、味方側の特訓相手ならどう?』
『それも、ありだな・・・』

父が、どれほど『フォーゼ』『オーズ』等の知識があるかわかりません。
それでも、映画をどのようにつくったら、子ども達が喜んでくれるかは判ります。

先日も、念願の東映の同期会へ参加して仲間から『平さん、子ども心が判るからねぇ』と言葉を掛けられ一番嬉しそうな笑顔を見せていました。
父は、偉い肩書きよりも番組の文芸面で活躍することを望んでいました。
父が、テレビ部の部長を自ら降りた時に、某氏に『あんたは、馬鹿だ』と吐き捨てるように云われたそうです。父曰く、“恩を仇で返された”思いがしたと云います。

父は、子ども達の喜ぶ笑顔を見たさに番組を作りたかった。それが父らしいと思います。

また、チャンスがあれば東映さんの時代劇や『仮面ライダー』『スーパー戦隊』の映画を一緒に楽しみ、いろいろな話を父の口から聴いてみたいと、思っています。


余談
某氏から『悪魔くん』の資料一部を「江上伸一さん」という方から借りたと証言がありました。
現在、その方の行方を追っています。年齢は、50歳半ばで東映特撮番組のファンだという事です。
何か、その方に関する情報がありましたら、お知らせください。お願いします。

『仮面の忍者 赤影』の脚本(連番)の行方について。
当時、女性ファンと方が読みたいと云って父が貸出したそうです。
噂で、その方はご結婚されて後に行方不明。脚本も戻らず。この方の情報も追っています。

父は、資料が戻りさえすればOK.と云っています。騒ぎにしないので、よろしくお願い申し上げます


今日の話題は、ここまで。
では、また。

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テーマ:仮面ライダーフォーゼ - ジャンル:テレビ・ラジオ

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父、平山亨は、2013年7月31日23時24分心不全により他界いたしました。

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