2012-01

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MOVIE大戦MEGAMAXのレム・カンナギ/超銀河王を演じた益岡徹さんのはなし

みなさん、こんばんは。
これから雪が降るのか心配な息子です。

さて、今夜の話題は昨年暮れから封切になっていた『MOVIE大戦MEGAMAX』の中で、悪役のレム・カンナギ/超銀河王(声)を演じていただいた俳優、「益岡徹」さんのはなしです。

益岡徹さん
プロフィール
1956年8月23日生まれ。山口県下関市出身。身長181cm 血液型AB型 早稲田大学商学部卒

高校時代から演劇を志していました。
大学時代は、サークルでアングラ演劇に傾倒する。
黒澤明監督の有名な映画『影武者』のオーディションの3次まで通過。最終選考に落選するが頼み込んでエキストラ足軽の役につく。
1980年、大学卒業と同時に、俳優 仲代達矢主宰の"無名塾”に応募。第4期生となり、2期生の役所広司さんと入塾時から仲良くなっていました。

実は、この映画で無名塾の後輩、渡辺梓さんが10代のころから益岡徹さんはご存知で、過去に同じ作品にでたことはあったのですが、きちんと共演したことが無く、渡辺梓さんは撮影後「楽しかった」と益岡さんと話していたそうです。渡辺梓さんは、レム・カンナギ役の上司として出演しています。(凛ととしてかっこよかったな。)

益岡徹さんは、仮面ライダーシリーズがヒットしている時は、すでに高校生でした。それでも、のめりこむ程ではないにしろ、この配役の話をいただいた時は嬉しかったそうです。
仮面ライダーの悪役を演じるあたって、坂本浩一監督のプランにそって現場修正を行いキャラクターをつくりあげていったそうです。それでも、意識はしていないのですが、これまで諸先輩が演じてきた悪役のイメージも入ってくるといいます。それが歴史の厚みと言っていいのかもしれないと語っています。

この春封切予定の「宇宙兄弟」にも出演されています。

また、活動の幅も広く
映画、テレビドラマ、CM,ナレーションもされており
ナレーションでは、
1997年、NHK 世界わが心の旅「グァダルキビール河に私の灰を~天本英世」のナレーション
天本英世さんは、仮面ライダーで悪役『死神博士』を演じて、数ある悪役でも人気がありました。
何かのめぐり合わせでしょうか?

ナレーションをされた番組がいくつか受賞されています。
日本民間放送連盟賞テレビ教養部門優秀賞
日本民間放送連盟賞テレビ番組報道部門優秀賞
FNSドキュメンタリー大賞優秀賞

何人ものスタッフや俳優、ナレーションなど総合的に評価されての受賞ですね。

益岡徹さんのオフィシャルサイトがありました。
映画出演のエピソードや感想などが入っており、楽しい内容になっています。
しばらくリンクに貼っておきますので、楽しんでください。
あー、これもあれもという作品に出ておられます。

俳優さんや、女優さんのひととなりをお伝えするにはスペースが狭いのですが、楽しいですね。

次は、息子の個人的に気になる≪スーツアクター≫顔出しで出演することもある人見早苗さんをご紹介したいと資料を漁っています。ちょっと見たところ、楽しい内容になりそうです。記事をUPするときは、告知しますので。


では、また。
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テーマ:仮面ライダーフォーゼ - ジャンル:テレビ・ラジオ

予告編 悪役レム・カンナギ/超銀河王(声)を演じた益岡徹さんのはなし

今夜の記事は、19:30にUp予定です。≪セット済み≫

お楽しみください。

では、また。

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大野剣友会の名優 【故中村文弥さん】のはなし

みなさん、おはようございます。関東地方は、今夕から降雪するとの予報がありましたね。

先ほどまで、故中村文弥さんの資料やメモを読んでいました。
裏付けのある情報から、~らしいという話まで、さまざまな話がありました。
そこで、今回の記事に関してはWebでの話で確認がとれていないものは、その注釈(未確認)という言葉を文末に入れさせていただくことにしました。

さて、昭和の特撮番組とりわけ『仮面ライダー』を支えてくれた≪大野剣友会≫のメンバーでした
中村文弥さんのおはなしの始まりです。

このブログを開設した当時、「仮面ライダーをつくった男たち1971-2011」のなかで大野剣友会の部分を漫画家 村枝賢一先生が描いてくださっているので、みなさんもご存知だと思います。

まず、来歴から
1946年1月10日生まれ。埼玉県出身。
1963年に亡き母の影響で演劇を志し、17歳という若さで東京小劇場に入る。のちに新劇に参加。
1966年20歳。当時、劇団フジに在籍していたが、「どうしてもこの世界で飯が食いたい」という思いから大野剣友会に入会。師匠である"大野幸太郎”に師事、立ち回りを習う。

大野剣友会では、剣技に関して群を抜く腕前で、高橋一俊と共に殺陣の指導するまでになった。剣友会のもと、ご存知のとおり舞台、各種アトラクション、テレビドラマにかかわる。

時代劇中心だった剣友会が、『仮面ライダー』で急にヒーローアクションを請けることになって、中村は「最初は戸惑った」と語っている。

ロケ地でのできごとでした。元々『仮面ライダー』の初期ではショッカーの戦闘員を演じていた中村が、「スタッフが撮影中に仮面ライダーのマスクを地べた置いているのを見て激怒し『その面をなんだと思ってる!!そいつは主役の顔なんだぞ!』と、スタッフを大声で怒鳴りつけたことが殺陣師を努めていた"高橋俊一”の目にとまり、次のライダーのスーツアクター(中の人)をするきっかけになったことは有名です。

そして、仮面を着けた芝居であっても、中では喜怒哀楽の表情を心がけたとのことで、同剣友会のメンバーは「なんといっても、面を着けての感情を持たせた演技は、『ブン』が一番うまかった」といっている。

1972年、文弥さん26歳。『変身忍者嵐』で「嵐」役を担当。
通常の時代劇では、袴や着物の裾で隠れる下半身がタイツスーツのため誤魔化せず、重心を落とした殺陣の基本形を常に意識させられ、苦労したと語っています。

後に、どのキャラクター演じるのが嬉しいかと聞かれ、『変身忍者嵐』を演じてほめられることが嬉しいとインタビューに答えたそうだ。剣術の殺陣を認められたという気持ちなのでしょう。(未確認)

1972年。『仮面ライダー』の裏番組の主役のオファーがあったとき、このように返答したとされています。
「仲間の出ている番組の敵にまわりたくない」として、せっかくの主演デビューの機会を蹴り、これを断っている。

1973年、27歳。『仮面ライダーV3』で敵役の『ヨロイ元帥』を演じている。これは、Fanの間でも好評なもので、表情や声のつくりかたが秀逸で、強烈な印象が残った。

1979年、33歳。「大野剣友会」は、大野代表が会長に退き、岡田勝を代表とする新体制に移行する。大野代表の引退を受けて、文弥さんも芸能界から引退することになった。
2chのスレでは、芸能界から引退したものの、大野会長から裏方を手伝ってくれと言われて、しばらく手伝っていたという記載がみられました。(未確認)

2001年、1月17日。悪性リンパ腫のため死去。享年55歳。若すぎる死でした。

『仮面ライダー』がライダーキックが大流行してる頃、このようなことがあったと幻冬舎のインタビューで話しています。
仮面ライダーの必殺技に、高いところから飛び降りて蹴る「ライダーキック」というのがあって、それを真似した子どもが怪我をした。
大野剣友会はすごく悩んだ。番組を盛り立てようと必死で技を考えたはいいけど、「子どもが怪我してるじゃないか」という自責の念にかられた。
贖罪の意味をこめて、大野剣友会の面々はロケのない日に手弁当で交通紹障害の養護施設へ慰問を始めた。

文弥さんは、その中でこのように語ってくれています。
「ある障害者施設でショーをやった時、『じゃあね』って帰る間際に、心因性か何かも問題で立ち上げる事も出来なかった車椅子の少年が「ライダー、帰らないで」って立ち上がった。その姿に職員の人はびっくりして「私たちがどんなに頑張っても駄目だったのに、仮面ライダーには適いません」って、大泣きした。文弥さんは、以後も顔を隠し続け、子どもたちの夢の為に『ライダー』を演じていたのでした。

息子が一推しする「仮面ライダーをつくった男たち1971-2011」の中に、中村文弥さんのご子息(中村昌弥さん)が寄稿されています。ご子息からみた、父、文弥さんの素顔が読めますので是非、ご購読してくださいね。


では、また。

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予告編 大野剣友会の名優 【故中村文弥さん】のはなし

こんにちは。やっと、書き終えました。

Up時間は、このあと12:15にセットしました。

では、また。

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予告編 大野剣友会の名優『故 中村文弥さん』のはなし

こんばんは。明日の話題は、『大野剣友会の故 中村文弥さん』の話を掲載予定です。
記事は、明日メモや資料を精査してきちんと書きたいと思っています。

Up時間は、お昼休みまでには上げたいと思います。

追記
映画MEGAMAXの出演者の事を、もっと知りたいと資料を探っています。
俳優さん、女優さん、中の人のいろいろなepisodeなど、今後記事としてUpしていきたいですね。


では、また。

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【泣き虫プロデューサーの遺言状】講談社より好評発売中。
父、平山亨は、2013年7月31日23時24分心不全により他界いたしました。

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