2012-02

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父と故奥中惇夫監督との繋がり

こんにちは。風邪は悪化せずに済みそうです。
昨年7月より、『仮面ライダー』関係の書籍を多数購読しています。断片的な記事を頭の中で繋ぎ合わせていく作業が大変興味深く楽しい作業になっています。

父の著作『仮面ライダー名人伝』(風塵社)で故奥中惇夫監督を書いてましたので、ご紹介します。

《仮面ライダー名人伝》115頁より
彼は東大美学の同級生だ。
もっとも東大の同級生と言っても、私は浪人体験者で旧制私立成蹊高校からの新制東大だが、彼は何と憧れの旧制一高から新制東大とできが違うのだ。
彼は新東宝に入り私は東映だったがそれが十数年、私が監督の足を洗って東京に戻りテレビプロデューサーとなったある日、大泉撮影所で助監督している彼に会った。
「どうなってるの?」
考えてみれば、新東宝は不況で無くなっていたのだ。
苦労したんだなぁ。
でも、これから一緒に仕事が出来る。あの有名な早撮りヒットメーカー大監督 渡辺邦男門下で学んだ徹底したヒロイズム演出は、私の作品群の戦力になってくれた。
先日、彼と話して気づいたことだが、なまけものの私があまりサボっていたために教室で顔を合わせたことがない。卒業の頃になっても同じく映画を志すということで意識し出したが、結局そのまま。彼は四年制28年度卒業して新東宝に入り、私はまだ就職が決まらなかったので卒論をひっこめて一年留年。つまり五年かかって翌29年度に卒業して東映に入った。



故奥中惇夫監督の著書『仮面ライダーがエントツの上に立った日』を再読しています。
監督が関わった作品の中で、監督を中心にスタッフの大変さを物語っています。

この本の中で、父と石ノ森章太郎先生と故奥中惇夫監督は一緒に写っている写真が数点ありました。
父は、凄く良い笑顔で写っています。

父は1960年代からずっと『子ども番組』をつくり続けてきました。
原作の「水木しげる先生」「横山光輝先生」「さいとうたかを先生」「石ノ森章太郎先生」
脚本家のみなさま。
主演していただいた、俳優のみなさま。
今では《スーツアクター》と呼ばれるようになった殺陣師のみなさま。
優秀な監督をはじめとするスタッフ陣。
書籍関係のみなさま。
そして「石森プロ」のみなさま。
全て方の総力戦です。

父の力だけでは到底なしえなかった、愛すべき番組。
子ども番組を愛するFanのみなさんには是非とも『仮面ライダーがエントツの上に立った日』を購読いただき、もっともっと子ども番組を好きになっていただきたい。
そして、子どもたちが将来、『子ども番組』つくる側になりたいと望んでくれることを願います。

では、また。

テーマ:仮面ライダー - ジャンル:テレビ・ラジオ

【拡散希望】仮面ライダーがエントツの上に立った日 【故奥中惇夫監督】

仮面ライダーがエントツの上に立った日仮面ライダーがエントツの上に立った日
(2004/04/26)
奥中 惇夫

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『柔道一直線』『怪傑!ズバット』『頑張れ!ロボコン』で監督として活躍された奥中惇夫さんが、81歳で亡くなられました。息子の私もショックで、ちょっと記事が纏まりません。時間をおいて、追記します。
奥中惇夫さまのご冥福をお祈りします。




テーマ:特撮ヒーロー - ジャンル:テレビ・ラジオ

【故小笠原猛 監督】のはなし

快傑ズバット DVD BOX快傑ズバット DVD BOX
(2004/09/21)
特撮(映像)、宮内洋 他

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こんにちは。アホなおっさんが風邪ひきました。まだ、微熱ですが頑張ってます。

年明け、父とこんな会話をしました。

息子「小笠原猛 監督」が急逝されたんだ。
父 「えっ?あんなに屈強なヤツだったのに・・・」

父と故小笠原猛監督とは「怪傑ズバット」「忍者キャプター」でプロデューサーと助監督の間柄でしたから少なくとも接点はありました。

故小笠原猛さんが監督になられて、某所で擦れ違った時に
父「よっ!!天才!!」と声を掛けたら
小笠原さん「おうっ!!」と答えたというのだ。

父はコレに関して、嬉しそうに「普通、おうっ!!って答えないよな?」と語ってました。

小笠原さんは、父にこのように話しかけられたことがあるそうです。
「私は、平山さんと同じ様なモノは撮りませんよ」

大変個性的な方だと伺っています。
エピソードもたくさんあるようですが、荒っぽい口調の中にも優しさを感じていた方がたくさんいるようですね。

年末から、たくさんの関係者を亡くして、父は「また大事な仲間を失った・・・」と寂しそうにしていました。

故小笠原猛 監督のご冥福をお祈りします。

では、また。

テーマ:特撮ヒーロー - ジャンル:テレビ・ラジオ

拡散希望!フォーゼの風城美羽さん役【坂田梨香子さん】のブログです。

お知らせです!3月3日から開催される『東京ガールズコレクション』のモデルとして出演します!
彼女の公式ブログを貼っておきますね。

では、また。


テーマ:仮面ライダーフォーゼ - ジャンル:テレビ・ラジオ

【仮面ライダーZX】のはなし

こんばんは。今日は、雑用に追われてました。しかも、誰かに風邪をもらったようです。
先日の父への見舞い時にも、いろいろな話題が出てきましたが、いまだに昔のスタッフや
【大野剣友会】のみなさんを愛称で呼んでいることが息子として凄く嬉しかった。
《ぶんちゃん》《いっしゅん》ect...

さて、今日の話題は【仮面ライダーZX】のはなしです。
Fanの方はご存知の通り、みなさまの【仮面ライダー】の復活の声を受けて、石ノ森章太郎先生の『やりましょう!!』の一言で1話だけ、テレビ特番として放映されたものです。

主役の菅田俊さんは、以前のオーディションで惜しくも次点になった方をお願いしました。
7月の【伝説のイベント】の菅田さんの挨拶では、その話もなさっていました。
劇中で登場するバイクは、菅田さんの私物であったようで250ccだったとか。
菅田さんは、バイクを乗るスタイルに父は違和感を感じ聞いたそうです。
父は「なんで膝を広げるの?」と聞いたところ
菅田さんは、「大きく見せたい」と答えたとか。

また、大変厳しい予算であったため父が菅田さんに
ポケットマネーをほんの少しだけ渡したんだよと語っています。

父は、昔から面倒見は良いようで、息子から見ると
プロデューサーってそこまでするの?というレベルまで面倒をみていたようです。
最近、いままで息子に伝えていない部分を教えてくれますが、その中には、息子の《大事な引き出し》にしまって置いた方がいいかな?なんてものもあります。

【仮面ライダーZX】の話題に《大野剣友会》の話題がでてきます。
父の当時のメモで
「大野幸太郎さんに殺陣をつけてほしいと無理にお願いしたんだ」
何故かと問われれば「仮面ライダー初期の大野幸太郎の迫力、気力の殺陣を
ZXでもう1回復活させたかった。それほど、『仮面ライダー』1話の殺陣はすごかった。
上手下手ではなく、気力。オヤジの云う事なら死んでもやる!という大野幸太郎を中心とした運命共同体。殺陣師はやはり大野幸太郎。大野幸太郎のもつある種のカリスマ性。叩上げでこんなに土性骨の座ったヤツはいない。ZXで実際にやってみせることで、こんな殺陣もあるんだということを若手に伝わっていく。今の若手では無理かもしれないが、僕は今でも、大野幸太郎を中心とした殺陣という夢を捨てていない。心のアクションを今に伝えたい。」

父は、いまでもプロデューサーの手腕が足りなかったので
『仮面ライダー』1話からの《大野剣友会》のギャラは本当に少ない金額でお願いしてたんだよ。と当時を回想して息子に教えてくれたのでした。

では、また。

テーマ:仮面ライダー - ジャンル:テレビ・ラジオ

過去2ヶ月間のアクセスランキング発表!!

こんにちは。
過去2ヶ月間のアクセスランキング発表します。

1位
1月26日 大野剣友会と故内田有作さんのはなし

2位
1月29日 故内田有作さん お別れ会のはなし

3位
1月16日 あの衝撃のシーンのはなし

4位
1月20日 思わず息子が涙したはなし

5位
2月8日 『八手三郎とは何者?』のはなし


やはり、『仮面ライダー』関連記事は読まれていますね。
検索キーワードも、見ていて楽しいです。
おそらく、リアルにテレビ放映を見ていない世代がググっている様子がわかります。

今後も、みなさんFanの方々が楽しんでいただけるブログにしますね。

では、また。

テーマ:仮面ライダー - ジャンル:テレビ・ラジオ

【父がつくった番組年表】を書いています。のはなし

こんにちは。
昨日、父の見舞い日でしたので、たっぷりお喋りを聞いてきました。
もう、話のネタはいくらでもありますね。

さて、あんなに忙しい父でしたがどれだけの番組を同時進行していたのか
手書きの年表を書いています。

1960年代は
『悪魔くん』
『河童の三平 妖怪大作戦』
『仮面の忍者 赤影』
『ジャイアントロボ』
『キャプテンウルトラ』
『妖術武芸帳』
その忙しさは
『柔道一直線』に始まります。
『太陽の恋人』

『仮面ライダー』旧1号
『仮面ライダー』2号
『仮面ライダーV3』
『仮面ライダーX』
『仮面ライダーアマゾン』
『仮面ライダーストロンガー』

『好き好き魔女先生』

『変身忍者 嵐』
『超人 バロム1』

『キカイダー』

『ロボット刑事』
『秘密戦隊ゴレンジャー』

『キカイダー01』

『イナズマン』
『イナズマンF』

『がんばれ!ロボコン』

『コンドールマン』

『アクマイザー3』

『ザ・カゲスター』
『宇宙鉄人キョーダイン』

『忍者キャプター』

『超神ビュビューン』
『5年3組魔法組』

『怪傑ズバット』
少し間があって
『仮面ライダー(スカイライダー)』
『仮面ライダースーパー1』
と続きます。

1980年代も、
ロボット8ちゃん
バッテンロボ丸
ペットントン
どきんちょ!ネムリン
勝手に!カミタマン
もりもりぼっくん
おもいっきり探偵団 覇悪怒組
じゃあまん探偵団 魔隣組
なども手がけました。

多分、記載モレがあります。
放映が重なっていた本数の最高が5本です。

先日の【平山亨 語録】その1で書いたように
2本では心配なようで3本同時進行をするように
必死に仕事をしていたようです。

父とは言え、恐るべし人間です。

では、また。

テーマ:仮面ライダー - ジャンル:テレビ・ラジオ

【父との企画会議】のはなし

みなさん、こんばんは。やっと海の向こう岸へ着きました。
雨の中のロングドライヴは、気疲れします。
今日は、父の見舞い日でした。体調は、炎症反応が若干残るものの元気にしています。
やはり、息子だと気兼ねなくお喋りできるのでしょうか、マシンガントークが始まりました。

父「企画案できたか?」
息子「2つね」
父「話してみろ」
息子「@@@@@…」

父「まだまだだな」

そう言われると思ってました。
ここから、父の企画案が始まります。

内容は、まだ公開する段階じゃないので、「ごめんなさい」です。

身内の身贔屓になりますが、父の企画案はマジで面白いです。
父が云う通り、息子はまだまだですね。

ただ、父も本当に高齢者になったので、長文を頭で組み立てて書くことが難しくなってきました。
これからは、父の口述を息子が纏めることになりそうです。

企画会議の後は、やはり父がつくってきた番組の話になりました。
息子は、俳優 潮健児さんの自伝 『星を喰った男』の話題を振りました。

父は、たくさん 故潮健児さんのはなしをしてくれました。
『星を喰った男』の星って、看板俳優を指す”スター”って意味なんだ。
確かに潮健児さんは、脇役が多かったのだけど、名優だったな。
悪魔くんの「メフィスト」河童の三平 妖怪大作戦の「いたち男」仮面ライダーの「地獄大使」
どれも、 彼なしでは出来なかったし、彼の代わりになる俳優はいないんじゃないかな?
父が住む家にも、何度か潮健児さんがお見えになったことがあったことを記憶しています。

父がつくった番組の話になると、お喋りはとまりません。
息子もずっと父と会話がしていたいのですが、疲れないか心配なので150分間ほどで終わらせました。

父がお世話になっている施設のスタッフは、みなさん明るくて気持ちいい方ばかりです。
受付でチェックアウトすると、スタッフさんが工藤静香さんの歌を口ずさんでました。
1988年8月の歌ですから、リアルに聞いていた世代だとすると20代後半ですかね?
今度は、メドレーでお願いしますね。

では、また。

テーマ:仮面ライダー - ジャンル:テレビ・ラジオ

【父がつくるヒーロー像】のはなし

こんにちは。昨夜は、親戚の通夜のお手伝いでした。
Twitterのまとめを記事にしようとしたのですが、あまりに恥ずかしいのでやめました。


さて、今日の話題は【父がつくるヒーロー像】のはなしです。

父はこれまで、さまざまな『子ども向け番組』を世に出してきました。
「悪魔くん」をはじめに、何本もプロデュースしてきました。

Fanのみなさんは、もうお気づきかと思います。
父は、『人類の自由と平和を守るため』ヒーロー自身が《自己犠牲の精神》があるということです。
ヒーローの名前をあげると
「ジャイアントロボ」
「宇宙鉄人キョーダイン」
「大鉄人17」
そして
「仮面ライダー」

「ジャイアントロボ」は、ロボットの3大原則を破ってしまいます。
1.人間への安全性
2.命令への服従
3.自己防衛を目的とする

この3原則は、有名な「ロボット工学 三原則」というものです。

「ジャイアントロボ」は最終回、主人公 大作少年の命令をあえて無視して
ギロチン帝王を抱え、ロボットに意思は無いはずが自己意思によってロケットで
自ら隕石にぶつかっていくのです。

また、「スカイライダー」では、台詞で「それでも、俺は人間を信じる・・・人間のために闘う 俺は・・・それだけでいい」

村枝先生も対談でこのように語っています。
「元来、仮面ライダーの闘いって哀しいものじゃないですか。自らは決して攻めてはいけないし、人を信じてただ守るしかない。このセリフ自体は、スカイライダーの歌にあるフレーズなんですけどね。「それだけでいいのさ 俺は俺は仮面ライダー」って。

この作詞も父が書きました。

父の原体験が影響しているものです。
父は、戦争中に「日本のため、家族のため」に《特攻隊志願兵》となりました。
全てがお国のためという教育でしたから。
でも、父は片方の耳が不自由なため《特攻隊》になれませんでした。

父の美学として「愛する地球を救うため自らが犠牲となる」という意識が強いのです。
父は「ひめゆりの搭」をみて感激し、そんな映画を撮りたいと思って映画会社に入りました。

父は、こうも語っています。
「僕は、感動したいから映画をつくっているという側面があるのです。」
「感動するのも、感動させるのも大好き」

現代では、いろいろなものが曖昧模糊としています。
何が悪で、何が正義なのか?
昨夜、東映の白倉プロデューサーが対談で語っていたようです。
正義とは?
旧1号ライダーを立ち上げる際に、亡くなった市川森一さんが「ヒトラーだって正義という言葉をつかうのだから、正義のために闘うのはおかしい」
だから「人類の自由と平和のために」という事になった。

未だに、世界では内戦やテロが絶えることがありません。
彼らも、正義を語っており聖戦だと主張します。

人それぞれが語る『正義』の定義が違うのだから
『正義』とは何ぞや?と問う事はいかがなものでしょうか?

息子は、もっと明確なメッセージを伝えることができるヒーローが
でてくる事を願っております。

では、また。

テーマ:仮面ライダー - ジャンル:テレビ・ラジオ

『少年仮面ライダー隊』のはなし

みなさん、おはようございます。
今朝の『海賊戦隊ゴーカイジャー』『仮面ライダーフォーゼ』面白かったですね。
ゲスト出演の《長澤奈央さん》は、たくさんハイキックを見せてくれました。
番組終盤、部の顧問?をするような、思わせぶりの台詞がありました。
2週連続のゲスト出演ですから、この先どうなるんでしょうか?
是非、レギュラーまたは、準レギュラーになっていただきたいと強く希望します。

さて、今日の話題は『少年仮面ライダー隊』のはなしです。
旧一号から頑張って視聴率が上がって、滝和也が活躍する頃ですね。
コロンビアさんから、作詞『八手三郎』作曲『菊池俊輔先生』で
仮面ライダー少年隊の歌が出ています。

番組のエンディングでスーパーヒーロー大戦の予告がありましたが
『少年仮面ライダー隊』が出演するような話があるんでしょうか?
1970年代の雰囲気も大切にするような、記事もあったような?
ライダーFanがされている他のブログでそんな記事を見たものですから。

さて、当時のメモを開くと、「君もあなたも“仮面ライダー”に出演しませんか?」という小学生対象に告知をしたところ1400通近い応募があったそうだ。
その中で抽選をさせていただき第16話から毎回5人位ずつ7週間、参加してもらったのです。
これが、後の『仮面ライダー少年隊』の発想の元になったとあります。
また、小学生から中学生の30人を対象に面接やアンケート、毎日放送さんで行い
「仮面ライダー こどもプロデューサー」のみなさんで会議を開催したのです。

父は、常に「子どもを舐めるな!」とスタッフさんに言い続け、子ども目線の番組づくりを考えていました。そして、毎日放送さんも子どもの意見を取り入れる意識を常に念頭に置き、いっしょに番組づくりをしてくれましたね。

あの当時の『少年仮面ライダー隊』に応募してくれた方々、出演していただいたみなさま。憶えてくれてますか?
もし、ご家族がいるのであれば胸を張って
「テレビに出たんだぞ!『少年仮面ライダー隊』だったんだぞ!」ってお話してみてはいかがですか?

『仮面ライダーSpirits』の漫画家 村枝賢一先生も『少年仮面ライダー隊』だったと聞きます。
ご実家が自転車屋さんで、『仮面ライダーのサイクロン号』を象った自転車を眺めていたのでしょうか。


4月21日封切する 映画「スーパーヒーロー大戦」 ワクワクしながら期待したいと思います。
*前売り券買うと、《お宝》必至のオマケが貰えるそうです。

では、また。

テーマ:仮面ライダー - ジャンル:テレビ・ラジオ

【河童の三平 妖怪大作戦】のはなし

こんにちは。
湿布薬臭さを撒き散らしている息子です。

今日の話題は、【河童の三平 妖怪大作戦】のおはなしです。
1968年10月から1969年3月に渡って全26話が放映されました。
モノクロ映像ですね。息子が、6歳の時ですから記憶はあります。当時のテレビって、形が凄いですよね。
チャンネルがガチャガチャ回すロータリー式でした。しかも本体を支えるのに、4本の支柱?足といってもいいかもしれません。メーカーによってもブラウン管を保護するためなのか、観音開きの戸が、他の家で見た記憶があります。その記憶があるかたは、間違いなくおっさんであり、おばさんであります(笑)
『悪魔くん』同様に白黒での放送は、妖怪ものを放映するには恐怖心を伝えるには良かったかもしれません。

ところで、中国の妖怪譚『聊斎志異』(りょうさいしい)を読んだ方、または知っている方はいらっしゃいますか?
父は、この本を学生時代に読んで妖怪大好きな男になってしまったといいます。父の読書範囲の広さに、驚きを隠せません。妖怪大好きな男は、京都撮影所を経て、東京でテレビ番組を作ることになり「水木しげる先生」の悪魔くんの漫画に魅せられたのです。
当時、どのような会話を水木先生と交わしたのか息子は知りませんが、父の妖怪が大好きだという熱意が先生に伝わったのかもしれません。
父曰く、「『聊斎志異』にでてくる妖怪は何故か人間より誠実で、人間よりも清らかで、何十年もの前の約束を果たしに、数千里の山川を越えて息も絶え絶えになってもやってきた。子どもの頃から裏切られ続けてきた私にとって、これはフィクションだとわかっても人間より好きなのだ。」と文章にしてます。

また、「お化けは理屈で割り切れないから不思議なので、不思議だから怖くても見たい魅力があるのだというお化け哲学。」とも書いています。

さて、当時のスタッフのお名前を拝見していると
シナリオライターに辻真先さんのお名前が。父が話したことだけど、「辻さんって、引越し魔でね。しょっちゅう引越ししてるんだ。」なんて云ってましたね。その後、辻先生は転居癖直ったのですかね?

特撮に特撮研究所で有名な『矢島信男さん』父より1歳年上です。
父が入院している事を聞きつけ、ずっと心配していただいています。

音楽は、『小林亜星先生』です。主題歌、副主題も作曲していただきました。
今では、社団法人日本作曲家協議会 の会長をされています。
(この組織のHPを拝見すると役員は無報酬での活動だそうです)

そして、主役の金子吉延さんもさることながら、『仮面ライダー』の悪役で有名な 潮健児さんが「いたち男」でインパクトのある演技が凄く息子の脳裏に焼きついています。

まだ、Youtubeで映像がみれるのかな?

では、また。

テーマ:特撮ヒーロー - ジャンル:テレビ・ラジオ

別のペンネームを発見!!のはなし

みなさん、こんばんは。
父が退院できて、『ほっ』としている息子です。
今朝、5時起きでバタバタと父の事で往復220kmを移動してきましたが、嬉しい事ですので疲れはありません。

さて、今夜の話題です。
先日、記事にした『八手三郎』は、みなさん有名な話ですから、ご存知でしたよね。
秘密基地で、時間があると『仮面ライダー』ネタと『平山亨』ネタをPCで探していましたが
息子が知らなかった父のペンネームを発見しました。
Web記事を信用すると、どうやら父が現役終盤で使用したものらしいところまでは分かりました。

そのペンネームは
『秋月一彦』 『大堂勲』

どちらも原作者として平山亨のペンネームという記載がしてあります。
今日、父に聞こうと思っていましたがチャンスを逃しました。

もし、Fanの何方か詳しい方がいましたら、コメントより教えていただければ幸いかと存じます。
まだまだ、父の知らない事がたくさんあってびっくりしています。

では、また。

テーマ:特撮ヒーロー - ジャンル:テレビ・ラジオ

ご心配掛けました。

こんにちは。
Fanのみなさま、大変ご心配掛けました。
今日、父=平山亨が、無事に退院することができました。
今朝、微熱があったものの主治医の管理下に置かなくても大丈夫であろう、という見解で
いつもの介護施設へ戻る事ができました。10日間の入院でした。
再々入院でしたから、息子は心配でたまりませんでしたが病院側の懸命な看護の結果
予想以上の回復ができました。
ただ、年齢が83歳にもうすぐなろうとする年齢ですので、経過観察は必要です。
父のいる病院等から息子宛に電話が鳴った時は、普通悪い知らせですので
息子は真っ青になります。
いつかは覚悟しなければならない時期が来ることは理解していても
ずっと先であって欲しいと願っています。

今日の記事ですが、これから纏めます。
Up時間は未定です。

では、また。

テーマ:特撮ヒーロー - ジャンル:テレビ・ラジオ

【平山亨 語録】その①

みなさん、こんにちは。
昨日から、俳優 潮健児さん自伝 『星を喰った男』を読み進めています。
悪魔君や、地獄大使を演じていただいた俳優さんと云ったほうがわかりやすいかな?
この書籍出版に関しては、いろいろご意見もあるようですが、それはそれで置いといて楽しめますよ。
*いろいろな部分は、ググってください。息子は関わりたくないのが本心。

さて、書籍といえば父も3冊出版させていただいてます。
1冊は『仮面ライダーZX』オリジナルシナリオ。この内容は、村枝賢一先生が読んでいただいて、漫画化していただいているようです。
他の2冊は名人伝として、番組に携わった方々をお話に登場させていただいている内容です。新刊はありませんが、是非入手して読んでいただきたいですね。

その中から、父自身の語録をご紹介します。

「私に出来る事は、視聴率を取る事だけ。儲ける方法は知らないけれど、視聴率20%だったら取ってみせます。」


「誰に聞いたか知りませんが、結局は、そいつの中傷を信じるか、私達を信じてもらえるかです。命張っても毎日さんのために頑張ろうとしている私達を、信じてくれない様な人とは一緒に仕事したくありません」

何故、あんなに番組本数を稼いだか?
これが、その回答だ。
どんなに、ヒットしていても、番組というものは何時か終わりが来る。それも、30%の高視聴率を謳歌していた番組でもスポンサーの事情で突如打ち切りなんていうケースも、他社の番組ではあったが、まざまざと見てきた。一本や二本の番組では、どんなに頑張っていても、突如二本ともとも終わりというケースを東伸テレビで見た。そうなると銀行融資で回転していた経営も一度に頓挫して倒産してしまった。あれがもう一本ヒット番組を持っていれば、三本とも無くなるケースには陥らなかったと思うのだ。だから、私は必死だった。


「声のでかい奴が勝ち」
「体力の強い奴が勝ち」
映画なんてものは、理屈は誰でも言える。
理屈の言い合いになると面白いかどうかは二の次になり、理屈合わせだけになる危険性がある。それを逃れる手段としての先人の知恵だろう。わめき勝ち、疲れ待ちなんて手もあるのだ。まあ、良くわめいたものだった。監督は、ともかく、被告みたいな立場のライターは気分悪かったと思う。


この文章だけを読むと、大変鼻持ちならないヤツのように感じるかと思います。
そんな方は、古書店やAmazonで書籍探してくださいね。

では、また。



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【八手三郎】とは、何者か?

みなさん、おはようございます。
昨夜は、父が携わった番組関係のメモや書籍を読み漁っているうちに、パソコン前で見事に寝落ちしました。
どうやら、まだまだお話していない部分もありそうですね。
ネタは小出しに(笑)、ブログはコツコツと続けていきます。

さて、今日の話題は【八手三郎】とは、何者か? でございます。
読み方は「やつでさぶろう」が正解です。

これについて、ネットでは《諸説ありますが、、、》とありますよね。しかも、コピペで(笑)

父が喋ったことや文章が伝わるうちに変遷していったものではなかろうかと推察します。
父が脚本や番組の主題歌や副題歌などの作詞をする上で、必要に迫られてつくった《ペンネーム》です。
今では、《ペンネーム》という表記も珍しくなった時代です。

原稿できたか? 今、「やって候」というのが元々だとか。
いかにも、時代劇を撮った父らしいネームです。
「蕎麦屋の出前じゃないんだから」、と息子が子どもの頃、父に言った覚えがあります。

父が携わった番組のあちこちで、【八手三郎】というネームが散見されます。
いくつあるか数えて息子に教えてくださいね。

父の番組制作のピーク時を過ぎた頃だったでしょうか?
会社側から、ペンネームを使って仕事をするとは『いかがなものか?』というご注意があり
父は、そのペンネームを個人として使う事を止めたと聞きます。

昨日も、どの番組までがオヤジのペンネームなんだい?と聞きました。

『忘れたなあ?』という、煙にまくような回答がありました。

現在、原作【八手三郎】というクレジットがスーパー戦隊ものや宇宙刑事シリーズなどに出てきます。
父は、その番組に携わっていませんから、巷でいわれている「会社の共同ペンネームである」という解釈が正解だと思います。

では、父が使用していたペンネームを「いかがなものか?」という事で使用することを止めたものを、共同ペンネームとしてわざわざ使う必要があったのか、息子としては知りたいところです。

会社のひとりの従業員がペンネームを使って仕事をしたと言う事実は、就業規則に違反規定があるならそれは、一般的に非難されてしかたがないことだと、杓子定規に考えれば理解できます。

先日も、Twitterで 宇宙刑事 ギャバンの映画を観た女性から 原作【八手三郎】というクレジットを観て父の仕事を「ありがとう」といっていただきましたが、話の腰を折るのも気が引けたのでありがとうございます」とだけ返しておきました。

ここで、Fanのみなさんに想像をお願いしたいと思います。

会社が原作【八手三郎】としてネームを使う理由を。
Fanだからこそ息子を代弁してくれるものがでてくれると信じています。

息子が記事でUPすると洒落にらないので。

では、また。

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プロフィール

次男坊

Author:次男坊
【泣き虫プロデューサーの遺言状】講談社より好評発売中。
父、平山亨は、2013年7月31日23時24分心不全により他界いたしました。

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