2012-04

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

拡散希望!!【ホラ吹きプロデューサーと呼ばれた父、平山亨】のはなし

COMPLETE SONG COLLECTION OF 20TH CENTURY MASKED RIDER SERIES 01 仮面ライダーCOMPLETE SONG COLLECTION OF 20TH CENTURY MASKED RIDER SERIES 01 仮面ライダー
(2011/09/21)
TVサントラ、藤岡弘 他

商品詳細を見る


こんにちは。
昨日の伯父の松村昌治監督の訃報から、未だ気持ちの整理がついていません。いつかは、近い人が亡くなるという事は頭で理解しても、いざとなると辛いものです。今日の話題を、伯父の話題にするか悩んでいましたが、作品名はわかってもエピソードを知りません。残念ですが、いつか伯父や父が活躍した太秦でのエピソードが記事にできたらと思っています。

さて、今日の話題は【ホラ吹きプロデューサーと呼ばれた父、平山亨】のはなしです。

いつも、冒頭の写真はDVDでしたので今回は、音楽で何か面白いものはないかとAmazonで調べたらありました。少し前は、「仮面ライダー」の英語表記は、MASKED RIDERなんですね。頭部が綺麗過ぎてクラクラしてしまいます(笑)TVサントラ版ですが、往年の「仮面ライダー」の主題歌が大好きな息子の私は、愛車の中で時々、大声で歌っています。とても元気になれる歌です。

父が、太秦から東京に異動になりテレビ番組を“これでもかッ!!”と世に出していた時代の事でした。
リアルに当時の「悪魔くん」からずっとテレビを観てくれていたファンのみなさんは、感じてくれていると思います。
父は、あちこちの対談や寄稿に表現していますが
「なぜかこうなる!」を良しとする。
「理屈が合っていても、面白くなければ駄目だ。」

1971年から始まった『仮面ライダー』が「とうっ!!」と街中をジャンプして、造成地へ着地するシーンがあります。これを理屈合わせしたら、まったく面白味のない画になってしまうでしょう。

父がプロデュースした番組に分かり易いものが、あります。
『仮面の忍者 赤影』『変身忍者 嵐』、そしてスポ根もの『柔道一直線』
前者2つは、忍者ものですから、大人向けであれば時代考証を前提としたモノが登場させなければなりません。しかし、この2つには、登場する化け物、乗り物等、理屈が合わないものだらけです。でも、視聴率の結果は大ヒットした。
『柔道一直線』については、武道として柔道をされた方は、おそらく驚きというか理屈で考えられない技が多数出てきました。組み手が始まる最初のポーズが、両手を広げる構え。ありえません。それでも、みなさんが面白く観ていただいたおかげで、大ヒット。主役 桜木健一さんとヒロイン 吉沢京子さんのプロマイドは飛ぶように売れたといいます。
父は、よくテレビ局側から説明を求められたと言います。それでも、父は「面白くする為」のものあるからと云って、理屈合わせをしなかったようです。

父が手掛けた特撮ヒーロー、スポ根、不思議コメディシリーズは、ほとんどが1話完結でした。正味21分と数秒。そこに凝縮されたストーリーがあり、しかも子ども達が飽きないように画が動いていなければならない。そこに、セリフが多く理屈を語っていたのでは面白くないと父は考えていました。

現在放映中の『特命戦隊ゴーバスターズ』『仮面ライダーフォーゼ』を毎週楽しみに視聴しています。最近『フォーゼ』が連続ものになっているのが気になります。しかし、理屈合わせをしていない部分が多く、観ていて楽しいものになっていますね。

最近このように考えるようになった私です。
「理屈合わせをしない番組づくりでも許された時代」だったのかもしれないと言う事です。

貸本版「悪魔くん」と出会い、何本も同時進行でつくれた時代。当然、視聴率至上主義であった時代に20%超えを続ける番組を数々生み出していたから、ホラ吹きプロデューサーであっても許されたのだろうと推察しています。

父は、紙芝居的な故伊上勝さんのシナリオと、子ども心が分かる故山田稔監督の画が好きでした。
父は、ずっと故伊上勝さんのようなシナリオを書ける脚本家を探していると言います。
そして、子ども心が分かる(=子どもが観たいと切望する)画を撮る監督が突出してこないか期待しています。

父は、現在劇場で公開中の「スーパーヒーロー大戦」を観て、このように呟いていました。
「なるほどね!」
この言葉の意味を、息子には多くは語りません。
勝手に推察すると、人間態のドラマとあれだけ多くのヒーローと悪役を登場させて、子ども達が喜ぶ画を良く撮れた!という意味だと解釈しています。

この映画を、「雑すぎる」「ヒーロー同士の戦いは如何なものか?」と酷評するファンも散見されます。
父の口からは、一切そのような言葉は発していません。今回の監督は、金田治さんでした。
父からのリクエストで坂本浩一監督の出来映えが見たいと、昨年暮れから公開された映画「MEGAMAX」のDVDをもってこいと命じられました。
是非、一緒に観たいと思っています。

さて、映画「MEGAMAX」を観て、どんな言葉が父の口から出てくるやら。
感想などの言葉が聞けたら、また記事にしてUPしますね。

また、話が散らかってしまいました。
今日の話題は、ここまで。
では、また。

ブログランキングは正直です。
ご支援くださいませ。
スポンサーサイト

テーマ:仮面ライダー - ジャンル:テレビ・ラジオ

【悲しいお知らせ 義兄であった監督 松村昌治さん、急逝】

親戚から連絡が入り、義兄である監督 松村昌治さんが亡くなり、昨日葬儀を済ませたそうです。東映関係者や、親戚関係者にも事後報告とさせていただいたとの事。全ての供花や御霊前などは辞退させていただいたとの事でした。享年92歳。大往生でした。

父と一緒の映画を撮った縁で、義兄弟となりました。
1951年から時代劇監督として活躍し、父が企画した『キカイダー01』、『ロボット刑事』のシナリオライター:中山昌一として参加。松村昌治さんは、引退後も父との交流も深く明るく楽しい話を、僕ら息子達にもしてくれました。京都に遊びに行った際も、バイクに乗せてくれたり、2家族で琵琶湖にも連れて行ってくれた事がありました。

松村の叔父さん(私はこのように呼んでおりました)は、父の事を「平山くん」と呼び、それは本当に実の弟のように接していました。つい先日まで、介護施設のデイサービスに通うのが楽しそうだと聞いていたのに。

この訃報は、公式ニュースにはなっていないと思います。
次の父の見舞い時に、報告すべきか考えなければなりません。
息子の私にも、優しく、時には厳しく(私の水泳の先生でした)してくれた、松村の叔父さん。

ご冥福をお祈りいたします。合掌。

では、また。

テーマ:特撮ヒーロー - ジャンル:テレビ・ラジオ

拡散希望!!【仮面ライダーと乗松印刷さん、福屋の赤弁当、三栄土木さん】のはなし

仮面ライダー大研究―全100話&全怪人写真400枚と秘話仮面ライダー大研究―全100話&全怪人写真400枚と秘話
(2007/05/21)
TARKUS

商品詳細を見る


こんにちは。
いやー、今朝の『特命戦隊ゴーバスターズ』、『仮面ライダーフォーゼ』は、面白かった。
『特命戦隊ゴーバスターズ』は、売れっ子グラドル&タレントの「吉木りさ」さんが登場!!いつもの弾けたキャラとは違う姿が拝見できて、オジサンを自認する私は嬉しくなりました。
『仮面ライダーフォーゼ』は、財団Xは登場するし、太秦映画村での撮影シーンが多く観ていて楽しいものでした。ここ最近の『仮面ライダーフォーゼ』は、ストーリー展開が早くて見逃せません。
ニチアサで、続く『プリキュア』は、京都へ修学旅行の話であり、『仮面ライダーフォーゼ』の展開に申し合わせたような形でありました。大人目線で言えば、上手なステマ?のような気がしてなりません。

さて、今日の話題は【仮面ライダーと乗松印刷さん、福屋の赤弁当、三栄土木さん】のはなしです。

仮面ライダースタッフからの視点でお話しする際に、上記3つは外すことはできません。

「乗松印刷さん」は、父が現役時代に大変お世話になったシナリオを印刷していただいたところです。息子の私も、何度か父から「この原稿を乗松印刷さんへ」と運ぶお手伝いをしていました。もって行く場所は、喫茶店だと記憶しています。
当時は、PCが普及する以前でしたから手書きの原稿でした。それは大事に大事に、失くしてはいけない一心でした。
シナリオを子ども心ながら、ペラペラめくってみた事がありますが、ガリ版で印刷していました。あの手書きのガリ版の字が独特の味があって、私は好きな字でした。ロケハンに間に合わせる下さる為に、乗松印刷さんの関係者が多数待機して、鉄筆でガリガリと書いてくれていたのです。ですから、微妙な筆跡が違うこともありました。みんな大好きな『仮面ライダー』のために、早朝から頑張ってくれていたのです。たしか父から聞いた話だと、浦和にお住まいだった故伊上勝さん宅を早朝4時過ぎには出発しなければならず、6時に原稿渡して9時のロケハンに間に合うという厳しい状況でした。ある資料によると、『仮面ライダー』のシナリオは、阿部征司プロデューサーが担当されていたとか。しかし、故伊上勝さん宅前にクルマを横付けして待機していたのは、父もしていましたからね。今では、その話をする父は「もー、大変だったよ」と笑いながら教えてくれます。


東映生田スタジオの名物、福屋の赤弁当、略して「赤弁」。
父が、息子の私を生田スタジオに連れてってくれた時でした。昼時近くになると大量の弁当が配達されます。記憶に頼ると、プラスチックの弁当に、今で言う「のり弁」のような内容だったような気がしています。故内田有作所長が、生田スタジオの周りは飲食店がほとんど無い場所で厳しい予算の中で仕出し弁当を手配してくれていたのです。当時、小学生だった私も、スタッフさんが「食べていいよ」という優しい言葉に、感激していただいていました。当時のスタッフさんや、「中の人」、俳優さんも仰っていることですが同じ釜の飯、ならぬ「同じ赤弁を喰った仲」といわれています。一部には、犬もまたぐ弁当とする方もいましたが、私はおいしくいただきました。
ここ最近、何方かのブログを拝見していて、当時のことですが廃棄予定のシナリオを、そのお弁当を配達してくれる店先で1冊あたり数十円売っていたとか?私はその場を見ていませんので、未確認情報です。

そして、なんといってもロケ現場としてフル回転の『三栄土木さん』。
1971年4月から放映された「仮面ライダー」でしたが、当時の生田や稲城方面は、まだまだ街が出来上がっていませんでした。造成がどんどん進み、住宅が増え、店舗も増えて街らしくなってきました。昔の生田や稲城というのは、狸がでるようなところでしたね。高度成長期でしたから、ベッドタウンとしての開発がジワリジワリと進んでいたのでした。
父が思い出話として教えてくれるのは
「生田から山を越えるとあんなに素晴らしいロケ地があるなんて、僕らは恵まれていたよ。確かに、生田スタジオで仮面ライダーを撮り始めた時期は無い無いずくし。それでも、スタッフのみんなは“お金が無いなら、知恵をだせ」と創意工夫してくれた。怪人とのアクションはどうしても野外になるからロケ地というのは重要なんだよ」
「あの当時は、火薬を使ってのシーンが多くてね。あの三栄土木さんの協力がなければ、出来なかったよ」
「聞いた話だけど、今は火薬を使ったシーンが撮りずらいだってねえ。子どもはCGかどうか、容易く見破るからね」

映画やテレビドラマで使う爆破シーンをどんな火薬、または仕掛けでその効果を解説するサイトを見ていたら火柱なら「ナパーム」飛び散る砂煙なら「セメント」など、アクション映画好きなら知っていて損は無い知識かなと思います。

余談です。
爆破シーンでググってみると「西部警察」が多数出てきます。あれは、凄いを通り越して「無茶だろ」というレベルでしょう。

今日の話はここまで。
では、また。

ブログランキング、猛追されて焦っております。
ご支援のほど、よろしくお願い申し上げます。

テーマ:仮面ライダー - ジャンル:テレビ・ラジオ

拡散希望!!【父、平山亨と東映 故大川博社長】のはなし

こんにちは。
昨夜は、Twitterを横目で見ながら映画「スーパーヒーロー大戦」の通常版パンフレットを読んでいました。対談記事を除いて、金田治監督をはじめ、脚本家:米村正二さん、出演してくれた俳優陣のコメントを読んでいました。中でも、『特命戦隊ゴーバスターズ』の俳優陣が、テレビ版が撮影して間もない時期だった故の苦心した部分など、ひとりひとりの胸の内を知る事が出来、これからのスーパーヒーロータイムを楽しむ上で一助になった感がします。

今日の話題は【父、平山亨と東映 故大川博社長】のはなしです。

この話は、私がそこそこ社会の仕組みが理解しつつある時から、父から聞かされた話です。
その話は、正月を迎える度に話してくれた事でした。

多忙な父は、正月だけは家にいました。それは、やることは山積していましたが、関係各社が一斉に暮れから正月まで休業になる為だったからだと思います。
父は、家庭の儀式めいたことをキチンと行う事を良しとし、お屠蘇から雑煮、おせち料理を楽しみにしていました。息子2人には、今年の抱負を言わせるのだが、聞いて「うむ」、「良し」とかの返事のみでした。毎年、関係者からの年賀状が大量に届きましたが、正月に父が年賀状を書くスタイルは、現役を退くまで代わりませんでした。住所録の訂正や、郵便番号調べをするのがお手伝いだったと記憶しています。

新年の初出社の日、東映さんでは屋上の稲荷神社に列拝し大川社長の新年の挨拶を拝聴するのが慣わしだったと息子に聞かせるのです。新年には、父はパリッとしたスーツを着て出掛けていました。
息子には、「最前列で胸を張って講話を聞いていたぞ!」と言うのですが、本当のところは如何だったのでしょうか?

父が、東映に入社できたのは実は縁故めいた事があると後年聞きました。
父方の祖父は、私が物心ついた時は既に鬼籍に入っていました。昔の鉄道省関係の仕事だと聞いています。

父は、東映の就職試験を受けたのですが当初、合格ではありませんでした。何かの切っ掛けで鉄道省関係の仕事をしていた祖父と故大川博社長が昵懇の仲であったのが、功を奏したのでした。採用担当に、「君は何故、実父がそのような仕事をしていたのかを云わなかったのか?大川博社長に恥をかかせるつもりか!」と怒られたという。

父が、太秦から東京でテレビプロデューサーの異動辞令後の新年講話で、大川博社長からテレビ部に話された内容の一部は

「テレビ部の諸君は、諸君が長年に渉って勉強してきた映画を当てる方法をテレビ局の人たちに教えてあげなさい!」

当時、東映さんはテレビ業界では後発だったため、父の上司であった渡邉亮徳さん等が大変苦労されたと聞いています。テレビでの実績が無い状態での出発でした。

父は、この講話を聞いて内心穏やかでは無かったといいます。
いままで当たっていた映画が当たらなくなった為に、太秦を追われ半ば都落ちのような気持ちだったのでした。その心境であるにも関わらず、発注者であるテレビ局の人に教えてあげなさいとは、如何なものかと思ったそうだ。

後年、父は故大川博社長がこのような講話をしてくれて、冷静になってこう思ったという。

「落ち武者のように卑屈になっていた私たちのプライドに火を着けてくれた。太秦で娯楽時代劇を10年で130余本の娯楽時代劇をとっていた私たちは、当てるコツというものを知っていたのだ。本数をこなせば良いという訳ではないが、そのプライドと自信が無ければ、現役を退くまで続々とヒットする番組はつくることは出来なかった」という。

父は、事あるごとに故大川博社長の話をしてくれるだが、こんな話をしてくれている。
「故大川社長は、経営者として手腕もさることながら、記憶力が抜群で人の顔を覚えては、映画制作からはみ出た我々を、テレビ番組を制作する事に評価してくれ、励ましてくれた」という。

試写会に続き、新宿の劇場で映画「スーパーヒーロー大戦」を観覧した。
Twitterに東映テレビプロダクション社長の白倉伸一郎さんが参戦しているのだが、この映画を観たファンからの辛辣な意見にも紳士的に返答しているTweetを見る事ができる。

仮面ライダーシリーズの映画は、紛れも無く「娯楽映画」なのだ。41年前とは、違う時代背景に加えてスタッフもほとんど血が入れ替わっている。それで、いいのです。

父が現役を退いてから、東映の特撮ヒーローを一切観なくなりました。内心、批判する部分も多くありました。それでも、【伝説のイベント】に参加してから冷静に観る事ができる自分に驚いています。あれは、『仮面ライダー』ではないという意見も冷静に聞けます。41年前に始まった『仮面ライダー』はダサいという意見も聞くことができます。不思議な感覚です。それでも、父、平山亨の批判をする人には断固として反論するつもりです。

これからも、『仮面ライダー』を末永く愛し続けてくださいね。

余談です。
本人や関係者から確認していないレベルの話。
現在、大変勢いあるスタッフである白倉伸一郎さん。東映の入社面接で、当時の社長である故岡田茂さん等の面前で『仮面ライダーシリーズ』の批判し、熱い思いを話したおかげで合格したとか。
本当ですか?因果応報とは、このことで『仮面ライダー』シリーズを此処までに成長させてくれた立役者でもあるのです。。。

今日の話題は、ここまで。
では、また。

記事内容に敏感なブログランキング。
今日は、真面目に書きました。
ご支援、お願い申し上げます。


テーマ:仮面ライダー - ジャンル:テレビ・ラジオ

拡散希望!!【映画「スーパーヒーロー大戦」を劇場で観て】のはなし

海賊戦隊ゴーカイジャー公式読本 豪快演義 SUPER SENTAI 35th UNIVERSE (グライドメディアムック73)海賊戦隊ゴーカイジャー公式読本 豪快演義 SUPER SENTAI 35th UNIVERSE (グライドメディアムック73)
(2012/04/19)
東映

商品詳細を見る


こんにちは。
今日の空模様は、雨です。秘密基地の周辺も雨です。それでも、肌寒いということはなくジャケットに下は半袖ポロシャツという、いでたちです。おまけに、素足にローファーという、おっさんビックリの夏バージョンになりました。

昨日は、ブログ休載して申し訳ない。午後から新宿であれこれと活動していました。
その行動のひとつに、映画「スーパーヒーロー大戦」をバルト9というシネコンで観てまいりました。

今日の話題は【映画「スーパーヒーロー大戦」を観て】のはなしです。
未だ、劇場へ観に行けない方も多かろうと思いますので、《ネタバレ》しない程度の話をしましょう。

まず、観覧席の客層をチェックさせていただくと、明らかに平成ライダー等の制作側が狙った“イケメン”目当てだと思しき年頃のお嬢さん層。それと、ほぼハイティーンから上の男性単身者、および男性グループがほぼ同数。そして、お子さん連れの客層がちらほらと見られました。やはり、平日の午後という時間帯だからの客層でありました。

どうも、この映画タイトルが衝撃的だったようで「ヒーロー同士」の戦いは見たくないと云う意見もTwitter上で散見されます。過去に、テレビ版で仮面ライダー同士の戦いで批判的な声があったという事も聴いていますが、まあ、「そんな事云わずに」劇場へ行ってくださいよ!と云ってみたくなります。

息子の私は、「娯楽映画」として臨んでいましたから、
作り手の意図。
スーツアクターの体の動き。(殺陣、アクション、走り方、間の取り方等ですね)
CGなのか、本当の爆破シーンなのかの判断。
脚本の構成など。

シナリオライターの米村正二さんも、さぞかし大変だったと思いますよ。
数百人のヒーローをどのように登場させ、ストーリーを展開していくのか?

個人的な感想ですが、まさか放映が終了している「海賊戦隊ゴーカイジャー」のキャプテン・マーベラスと
「仮面ライダーディケイド」と人間態の門矢士役をメインに持ってくるとは予想していませんでした。
欲を言えば、現在放映中の「仮面ライダーフォーゼ」「仮面ライダーメテオ」「特命戦隊ゴーバスターズ」のキャラクターと人間態の活躍する時間がもっと欲しかったようにも思いましたね。

父が大泉撮影所内にある「東映デジタルセンター」の試写室で見たときに
登場するキャラクターの多さにびっくりしたと同時に、これだけの人数を格好良く見せることは大変な事だと感じていました。数百人の《スーツアクター》を集める事、そして天候などの障害があったとしても仕切り直しができないスケジュールであろう事は、当然、父は現場で味わっていた事ですから映画スタッフの大変さというものも、理解を示していました。

ファンのみなさんは、お気に入りのキャラクターや俳優さんがどのように主演して、活躍してくれるのか?そこが気になるところですよね。

実現できるか否かは別として、キャラクターと俳優さん、女優さんの人気投票をしてキャスティングを決めるというのは無謀な考え方なのでしょうか?ほんの少しの登場でも、藤岡弘、さんや佐々木剛さん、宮内洋さん、誠直也さんなど、40年前から東映特撮ヒーローを支えていただいた俳優さんがピンポイントでも登場することによって、話題性がアップするでしょうし、映画観客数の増加が見込まれると思うのですがどうなんでしょうか?

昨年、開催された【伝説のイベント】では、商業ベースでのイベントではありませんでした。だからこそファンが熱望し、故内田有作さんが実行委員長として働きかけ「大人の事情」が様々な障害(そこは、想像してください)になる事もなく、あれだけの俳優さんが一同にお集まりいただけたのだと思っています。

それが、いざ商業ベースの映画となると中々そうはいかないようですね。
俳優さんも、所属しているプロダクションも、「演技してナンボ」の世界ですから。

映画が終了して、20歳前後の男性2人組の会話が耳に入ってきました。
「@@@@@は、思いがけずに前面に出てきたね?なんでだろう?」
ずっとテレビを観てくれているファンのようです。

親御さんと一緒に観てくれた、お子さんは満足げに「面白かったー」と満面の笑みを浮かべていました。

客席に着く前に、ロビーで映画パンフレットを購入しました。通常版です。
お子さんを意識したパンフです。漢字にはふりがな付き。
プロデューサー数名の対談冒頭には、たしか「おとうさん、おかあさんが読むページです」という断り書きも。プロデューサーのみなさんのご年齢を拝見すると、私より若いのですね?なんとなく判ります。どうしても平成ライダー寄りの画の撮り方が出ますからね。別に、それが悪いとか良いとか論争する事でもないのですが。

8月に、劇場版映画を「仮面ライダー」「戦隊」ともにやるようですね。文字だけの宣伝も最後に流れていました。

世の中、娯楽の選択肢は増えました。
「娯楽」としての映画は、まだまだ楽しめる要素はたくさんあります。
時間が許すならば、もっと映画が観たいと思う1日でありました。

今日の話題は、ここまで。
では、また。

ブログランキング、苦戦しております。
ご支援お願い申し上げます。

テーマ:仮面ライダー - ジャンル:テレビ・ラジオ

拡散希望!!【父、平山亨と原作者 故梶原一騎さん】のはなし

地獄からの生還 (幻冬舎アウトロー文庫)地獄からの生還 (幻冬舎アウトロー文庫)
(1997/10)
梶原 一騎

商品詳細を見る


こんにちは。
息子の私、どうやら風邪を引いてしまったようです。火曜日からクシャミ連発に鼻水が出てしまいます。父に移してなければ良いのですがね。

昨日の見舞いには、父の関係者2名が面会を熱望されて、父の体調も平穏であることから一緒に父の滞在場所へ向かいました。父を迎えにフロアに上がると、モニターからカラオケの画面が映し出されており、その輪の中にいました。
「オヤジ、面会に来てくれた人が待ってるよ」と伝えると、笑みがこぼれロビーへ向かいました。

そこから、父の独演会です。延々、3時間喋りっぱなしです。元気な証拠ですから、良い事です。
そこで、父から聴く初めての話題が飛び出したのです。

さて、今日の話題【父、平山亨と原作者 故梶原一騎さん】のはなしです。

父が、スポ根もの『柔道一直線』を手掛ける上で、やはり原作者である梶原一騎さんに、挨拶をしなければなりませんでした。現在、50歳前後の方は故梶原一騎さんが、破天荒な人生を歩み、怖い人だったと言う事はご存知かと思います。知らない方は、是非、調べてみてください。

破天荒な人生を歩んでいた故梶原一騎さんでしたが、何しろ編集者を「ぼかーん」と殴って、辞めてしまった人もいると聞いていました。(父は、擬音を使って会話をする事が多い人です)
父は、“失礼が有ってはならない”と肝に銘じ、ご挨拶と『柔道一直線』の打ち合わせをしたと言います。

父は、大事な人と会う時は決まって、「きちんとネクタイを締めて」スーツ姿で出かけます。そのうしろ姿を、子どもの頃から見ていました。「ああ、今日は偉い人に会う日なんだ」と思っていましたね。

数日後、父の上司であった渡邉亮徳さんがやはり、梶原一騎さんと会う機会があって、梶原さん自身から「平山ってヤツは、なかなか面白いやつだ」とお褒めの言葉をいただいたと渡邉さんが父に上機嫌で伝えたと言います。

父としては、仕事の為ならどんな苦労も厭わない人でしたから、最初の挨拶から失敗するわけには、いかなかったのです。

父のトークライヴを聞きにきてくれたファンのみなさんであれば、父の話題が飛び火するように、あっちへ行ったりこっちへ行ったりすることは、ご存知ですよね。さぞかし、MC役だった人は大変だったと思います。そのMC役を買ってくれる人が読売新聞社の鈴木美潮さんという方です。特撮系イベントは、誰でも務まるものではありません。残念ながら、普通のアナウンサーでは務まらないのです。
それは、特撮業界に特化した知識とトークがなければイベントが成り立たないのです。
美潮さん自身、特撮が大好きでドップリと浸かり、キャラクターからスーツアクターまで知っているおかげで、主催者は安心してMCを任せられるのです。しかも、現役の新聞記者ですから言葉の使い方も厳しい。ちょっとしたイベントでの空白時間を絶妙なトークで切り抜ける事もできる。

父にしてみれば
「美潮って、凄いよな。おそらく、新聞社の中でも、それなりの力を付けたのだろうな」
と、言っていました。

話は、延々と続きます。父は、口が渇いても喋り続けるので、息子は心配になってしまいます。

面会にきていただいた方が、素晴らしい写真を見せてくださいました。
スタッフ一同の記念写真なのですが背後にナパームを爆発させて大きな火柱が登っているモノでした。
その面会者に聞くと、今では本物の爆破シーンを撮影できる場所が希少になってしまったこと、火薬の保管など大変厳しい内容に法律が改正されたこと等で、中々、本物の爆破シーンは撮れなくなったと言います。

父が現役でバリバリと番組づくりをしていた頃は、東映生田スタジオから山を越えたところに、『三栄土木』があり、ロケ地として気持ちよく協力してくれたのです。
今日は、あっちならいいいですよ。と撮影スタッフは、これでもか!と生身の殺陣やアクションを行い、火薬を仕掛けて迫力のある、子ども達が喜んでくれる画を撮っていました。

気持ちよく貸していただいたロケ地ですが、爆破シーンを派手にやりすぎて、カメラマンが明日このショットで撮ろうとした場所が、爆破によって形が変わっていたという話もあります。

現在のスタッフさんは、失礼な言い方になりますがCGが当たり前になって、本物の爆破シーンを撮ったことが無いのかもしれません。実際のところ、どうなんでしょうか?

話は延々と続きます。
父が京都で監督として撮った映画の話になりました。

銭形平次捕物控(1963年10月13日封切)主演 里見浩太郎
三匹の浪人(1964年2月23日封切)主演 近衛十四郎
壁の中の野郎ども(1965年)主演 渡辺文雄※未公開

中でも、3作目の映画は、訳ありでございまして・・・敢え無く公開することは叶いませんでした。
父曰く、会社の役員から「あれは、面白かったぞ」と講評を得たのですが、父の単館上映でも、深夜の上映でもいいですから、フィルムを上映してくださいよ、と直訴したものの、「考えておく」に一言でお蔵入りになりました。フィルムの紛失が無い限り、存在するはずですから、いつか父の望みが叶えられればと思っています。どこかに、あるはずなんですよね。


今日の話題は、ここまで。
父譲りで、話がとっ散らかってしまいました。
では、また。

ブログランキング、2位に陥落しました。
お願いです。ご支援下さい。
クリックしてくださいね。

テーマ:特撮ヒーロー - ジャンル:テレビ・ラジオ

拡散希望!!【俳優 佐々木剛さんの友情と思い】のはなし

こんばんは。
今日は、雨が降り気温も肌寒い1日になってしまいました。
こんな日は、いろいろと考え事をしながらPC前に陣取り、原稿の構成を組み立てるのに最適な日なのですが、周囲の状況がそれを許すはずもなく、やっと秘密基地のテスクに戻ったところです。

昨年開催された【伝説のイベント】から、父の関係者と度々接触することが多くなりました。
息子の私が、自らイベントへの参加や、父の名代として弔問に伺ったりしてます。そうしていると、2号ライダーを演じていただいた、俳優:佐々木剛さんと何度かお会いする機会に恵まれていました。

佐々木剛さんと、父とは『柔道一直線』で風祭右京役を演じていただいてからの縁だと記憶しています。

「仮面ライダー」が撮影を開始して第10話を撮影中に、主役の藤岡弘、さんがバイク事故で主演できなくなり、その窮地を救ってくれたのが佐々木剛さんでした。
そのエピソードは、あまりに有名な話ですが、敢えてお話しましょう。
バイク事故で出演ができない藤岡弘、さんをどのように扱うかを、毎日放送の関係者と東映側スタッフでのやり取りは「仮面ライダーをつくった男たち1971-2011」での漫画での描写は、まさにあの通りだったと関係者から聞いています。

「大人の事情」で子どもの夢を壊してはいけないと、父は頑なに主張し続けたのでした。

父は、このように回想して云います。
僕は、助監督生活11年。参加した映画は130余本におよぶ。僕くらい、映画の経験を積んだ男はいないんだ。ありとあらゆるトラブルにぶつかって、何とか乗り越えて来た経験は伊達じゃない。
役者の怪我。病気。誘拐された役者を探して、逆誘拐した事もある。駆け落ちした役者。カメラマンの逃亡。撮影済み未現像フィルムの忘失事件と数え切れないトラブルに出会っているのだ。でも、不思議な事に、それでも映画ができなかった事は無いのだ。

故内田所長と監督の故山田稔さん、故折田至さん、関係者と9話、10話をどのように画を纏めるか。藤岡弘、さん=仮面ライダーなのだから、早々と変身して仮面ライダーを出す、人間態の藤岡弘、さんは吹き替えで凌ぐ方法で落ち着いたのだ。

それと同時に、藤岡弘、さんの怪我の完治まで長い時間が必要だと判ったため、父は、「2号ライダー」を出そうと考えていた。

藤岡弘、さんと佐々木剛さんとは、劇団NLTの同期生だった仲であった。
その佐々木さんの出演交渉は、阿部征司プロデューサーと故内田所長があたってくれた。
しかし、佐々木さんは頑なに
「藤岡くんの不幸に付け込んで主役の座を奪うみたいで嫌だ」と断るのだ。
佐々木さんの育ての親だと自負する(柔道一直線も故内田さんがスタッフとして参加している)故内田所長も、男気のある佐々木さんに困ってしまった。
阿部征司プロデューサーは
「この番組を守る事は藤岡くんの番組を守る事なんだ。藤岡くんが復帰できる日まで番組を支えたい。そして藤岡くんを主役として再びこの番組で活躍させてやりたい。だから、藤岡くんを助ける意味でやってくれないか」と一生懸命に説得した。
その当時、別のレギュラーの仕事があった佐々木さんであったが
「判りました。そういう事情なら、藤岡くんのために、彼の留守を守る意味でやらせてもらいます。ただし、彼が戻って来るまでですよ」
と条件つきながら、了承してくれたのだった。

先日、佐々木剛さん主演の「改造人間哀歌」の上映会に参加させていただいた。
その時も、佐々木さん自身何度も云っている事だが「藤岡くんが戻ってくるまで」という約束は守った。そして、ゲスト出演の依頼ががあれば「断った事がない」と断言した。声だけの出演であってもだ。

上映会では、懇親会も行われ佐々木さんは少しだけお酒が入って壇上でマイクを手に語りだした。

役者魂とも呼べる佐々木さんの思い。
自ら映画を撮りたいと云っても、中々実現することができないもどかしさ。
還暦を過ぎてもまだまだ、演じ足りない思い。

息子の私は、壇上で朴訥に語る俳優:佐々木剛さんを見てこう思った。

佐々木剛さんのひとり語りを映像にしたら、その思いは実現するのではないだろうか。別に、制作費を掛けなくても素晴らしい映像になり、自伝となり、『仮面ライダー』を愛し続けたひとりの俳優としての思いをぶつけられるのではないだろうか。

残念ながら、私は映像作家でもないので力にはなれそうもないのだが、その案は、「人間改造哀歌」の監督である目黒さん、総指揮の篠原さんに託すとしたい。

今日の話題は、ここまで。
明日は、父の見舞い日です。また、どんな話が飛び出すかな?
では、また。

ブログ延べ閲覧者数3万名突破しました。
昨年12月16日開設したこのブログですが
楽しく読んでいただける内容にしてまいります。
ブログランキング、ご支援くださいませ。

テーマ:仮面ライダー - ジャンル:テレビ・ラジオ

拡散希望!!【 仮面ライダーフォーゼ 最近の展開】のはなし

S.H.フィギュアーツ 仮面ライダーフォーゼ ベースステイツS.H.フィギュアーツ 仮面ライダーフォーゼ ベースステイツ
(2012/01/28)
バンダイ

商品詳細を見る


こんにちは。
今朝の、スーパーヒーロータイム。見応えありました。

平成ライダーやスーパー戦隊を勉強中の息子の私が、ブログ記事でこの話題を取り上げるのは如何なものかとも思います。しかし、今朝の放映をリアルで視聴して書きたい気持ちが強くなりました。

昭和ライダーや戦隊シリーズのファンのみなさんは、平成以降の「仮面ライダー」「スーパー戦隊」を、どのように視聴しているのでしょうか?

息子の私は、出来る限り「ピュア」な気持ちで視聴するように心がけています。
昭和のものと、比較をすればキリが有りません。

最近、このように思うようになりました。
41年前に仮面ライダーが放映されていた時代背景とは、まったく様相が変化してしまいました。
当時、リアルで視聴してくれたファンのみなさんが、子どもを育てる親になり子ども達を取巻く環境、生活様式、遊び方、人間関係、学校生活、そして親子関係も、変化しているのではないでしょうか。

父が、『子ども達が面白いと思ってくれる画』とそこにメッセージをこめて特撮ヒーロー番組を寝食忘れるほどの勢いで関係者と一緒につくっていました。
番組を作る側も、実は大きな変化があると推察しています。

父は、視聴率を20%以上取ると豪語していました。

でも、スポンサーが納得する数字以上をたたき出しても、「柔道一直線」「ジャイアント・ロボ」など、局側が延長を希望していても制作側が赤字で続けられない事もありました。これは、子ども達とは無縁の「大人の事情」というヤツです。あの当時、儲けるビジネスモデルを構築できる人が父の右腕にいたならば、父が苦渋を味わうこともなかったと思っています。でも、その反面、儲かるビジネスモデルに強烈に縛られない時代であっただろう父の時代が、予算不足で苦しい中での制作活動であっても、幸せな部分もあったに違いありません。息子の個人的推察の域を出ませんがね。

昨年の【伝説のイベント】後から、父の代理として関係者と接触する機会が増えました。良い事も悪い事も耳にします。父は、改めて善悪含めて、ものすごい業界で仕事をしてきたのだと思っています。

さて、今朝の『特命戦隊ゴーバスターズ』、『仮面ライダーフォーゼ』続けて楽しく視聴させていただきました。『仮面ライダーフォーゼ』や『海賊戦隊ゴーカイジャー』を視聴し始めた当初は、正直なところ、大きな違和感がありました。キャスティング、キャラクター造型、世界観の設定・・・まだまだ覚えきれていません。

息子の私は、どうしても父が携わった特撮ヒーローを贔屓目に見てしまいます。
やはり、比較はしてはいけないのです。

同じ『仮面ライダー』を冠にした特撮ヒーローですが、別物として視聴することができるのならば、これほど楽しい時間はないと思います。平成に入って、「仮面ライダー」「スーパー戦隊」シリーズが継続できているのは「大人の事情」が良い回転をしているのではないでしょうか?

平成ライダーのプロデューサーの方々が、どのような気持ちで番組を制作しているのかは、知ることは叶いませんが、自分が手がけた番組がシリーズとして継続している事は、少なからず「いいね」と思っているはずです。

さて、封切りの映画の話ですが
Twitterのタイムラインを読んでいると、今回の映画『スーパーヒーロー大戦』いろいろな批評があります。批評が割れる原因に、昭和の東映マンガ祭りのひとつとして、映画を上映していた頃と変化があるのです。

いつの時代からなんでしょうか?子どもさんが「映画連れてって!」とせがまれて親子連れで劇場が満席となった時代と違うお客さんの層が増えていると思いませんか?前作の映画『MEGAMAX』を池袋、新宿と違う劇場へ足を運びました。その時の客席に「男性」または「女性」の単身者。もしくは数人のグループが多く見られましたね。主役にイケメンを置いたことが、新たな客層を増やした事が一因でしょう。また、特撮ヒーローブームが続いていることから、非常に目が肥えたファンが増えたことで、細部のチェックが厳しい部分もありさまざまな批評となっている気がします。

今朝の『仮面ライダーフォーゼ』を視聴して思ったこと。
今日は、人間態のドラマが見応えありました。キャラクターの登場を控えめにしても、レギュラー陣の頑張り、そして監督とシナリオライターとの相性が良かったのでしょうか。いろいろツッコミどころ満載な『仮面ライダーフォーゼ』なのは、間違いないのですが、主役の「弦ちゃん」準主役の「流星くん」いつも墓穴を掘っている「賢吾くん」、それぞれ好演していて、さらに次週以降が楽しみになってきました。

それにしても「弦ちゃん」、髪型がリーゼントでなくても、今朝のような髪型?でも「男前」ですよ。
今後の活躍が期待できる俳優さんでもあります。
「弦ちゃん」の短ランの裾から見える赤いシャツも似合ってます。
今迄、「赤」「ピンク」「グレー」、紫もあったかな?
私は、1号ライダーが靡かせていた「赤いマフラー」を彷彿させる「赤いシャツ」が一推しです。


さて、今日は珍しくこんな話題をグダグダの文章で失礼しました。
みなさん、子どもの頃とどのように変わりましたか?あなた自身、あなたの回りも・・・

今日は、ここまで。
では、また。

ブログランキング、視聴率みたいですね。
結果に一喜一憂しています。
数字の増減を父に解説もしていますよ。
ご支援くださいませ。

テーマ:仮面ライダーフォーゼ - ジャンル:テレビ・ラジオ

拡散希望!!【俳優 荒木しげるさんと特捜最前線】のはなし

特捜最前線 BEST SELECTION BOX Vol.1【初回生産限定】 [DVD]特捜最前線 BEST SELECTION BOX Vol.1【初回生産限定】 [DVD]
(2006/11/18)
二谷英明、大滝秀治 他

商品詳細を見る


こんばんは。
午前中にTwitterにて呟きましたが、ポ@トセ@ンがニュースを発信した内容があまりにも『今更な感』が否めないものであり、バラエティニュース番組で、間違った情報を垂れ流す事態に閉口しています。ニュースとしてコメントするなら、きちんと情報を確かめていただきたいと思う、今日一日でした。

今日のブログ更新をどうしようかと、「仮面ライダー」に主演していただいた俳優 速水亮さんのブログ『アクターズ日記』を拝読していました。急逝された俳優 荒木しげるさんの告別式の様子。参列した俳優 誠直也さん、藤岡弘、さん、そして「仮面ライダーストロンガー」を愛し続けてくれていたファンのみなさんの様子が伺えます。

中でも、俳優 誠直也さんが荒木しげるさんが亡くなる前にお見舞いに伺った際の事などを、速水さんは綴ってくれています。

今日のブログは、私があれこれ語る事を控えたいと思います。

「仮面ライダー」「特捜最前線」で繋がった縁で想いあう気持ち。

是非とも、速水亮さんの『アクターズ日記』をお読みいただき(このブログリンク集が左側にあります)、急逝された俳優 荒木しげるさんへの想いを馳せていただきたいと思います。

合掌。

今日の話題はここまで。
では、また。

テーマ:特撮ヒーロー - ジャンル:テレビ・ラジオ

拡散希望!!【面白いものとは】のはなし

仮面の忍者 赤影 第一部 金目教編 [DVD]仮面の忍者 赤影 第一部 金目教編 [DVD]
(2001/08/10)
特撮(映像)

商品詳細を見る


こんにちは。
先ほど、父の滞在先から電話連絡がありました。体調の急変ではありませんでしたので「ホッ」としています。今日の記事を書く切っ掛けになったのは先日テレビでモデルの「紗栄子さん」が、ゲゲゲの鬼太郎などのGoodsを2人のお子さんが気に入っているというコメントがありました。2人とも5歳以下のお子さんです。この話を聞いて、リアルタイムで視聴していない世代でも『面白いものは、時間が経過しても面白い』という事を、改めて教えてくれたような気がしています。

このブログでも「仮面ライダー」以外の記事だと閲覧数が当初伸び悩んでいたのですが、此処最近は堅調な伸びがあり、親子共々嬉しく思っています。

さて、今日の話題は【面白いものとは】のはなしです。

『仮面の忍者 赤影』が好事例だと思うので、この番組について、簡単にご説明します。
1967年4月よりフジテレビ系列で全52話が放映されました。45年前の事です。原作は、漫画家 故横山光輝先生。東映初のカラー特撮番組でもありました。原作の漫画から、特撮実写化、アニメ、映画化など大変な人気を博していました。

この「仮面の忍者 赤影」は、脚本:故伊上勝さん。監督:故倉田準二さん、故山内鉄也さんなど、時代劇を知り尽くしたスタッフが多数参加していただいてました。

赤影、白影、青影。
青影を演じていただいた金子吉延さんを除いて、鬼籍に入られてしまいました。
当時5歳だった、息子の私は3人のテレビでの活躍を楽しく視聴していた覚えがあります。
この撮影は、太秦(京都撮影所)で行っていたので父は、何度も京都まで往復していたのでした。

父は、この番組において関西テレビの局プロデューサーだった加藤哲夫さんが自由な発想を「面白い!!」と許してくれただけでなく、撮影現場まで足を伸ばしてくれたことが功を奏したと著書で語っています。
番組の舵を取る制作側プロデューサーが、面白いと思っていたものでも局プロが否定的な考えでは中々思うように行かないと考えて、父はあれこれ提案をしていくのが父の仕事でもあったわけですが、局プロの加藤さんは「面白いものがわかる人物」であったのが嬉しかったようです。

また、脚本家の故伊上勝さんは、1962年に『隠密剣士』の脚本を書いて、忍者ブームを巻き起こした凄腕のシナリオライターでありました。故伊上勝さんとの付き合いは、父が東京で初めてテレビ番組をプロデュースした「悪魔くん」からで、父は故伊上勝さんの本(シナリオ)が大好きでした。

名監督である、故倉田準二さんは、日大芸術学部卒業後、東映京都撮影所に入社。大監督である、故内田吐夢先生、故松田定次先生などに師事。その部分では、父、平山亨は故松田定次先生に師事しており、様々なことを叩き込まれた事では、「面白いものとは、何ぞや」を共有できたのではないだろうかと息子は思っています。また、監督をしていただいていた、故山内鉄也さんも、やはり大監督:故松田定次先生などに師事。フリーの監督になってからはテレビ時代劇「水戸黄門」のメイン監督をされていました。

スタッフ、俳優陣、その他関係者は、今ではとても豪華すぎる布陣であったと、父は後に語っています。

父が回想して云うのだが
「ああいうものは時代劇を知らない人が作ればできる」というのは、大間違いだと云う。
前出のとおり、時代劇を知り尽くしたスタッフが、時代劇に飽き飽きしていた時に、つくれたものだから出来たのだと、父は自慢げに話してくれます。

テレビ劇中に、時代考証に反するような怪獣や乗り物などが多数出てきます。脳みそが凝り固まった人が観たら「なんじゃあ、これは?」となるに違いないでしょう。
それでも、子ども達はテレビに齧りつきながら観ていたし、ブームにもなったのも事実です。

視聴率のデータは、不完全でありますが20%超えをしていたようです。

「仮面の忍者 赤影」
「悪魔くん」
「河童の三平 妖怪大作戦」
「ジャイアント・ロボ」
「柔道一直線」
など、遥か昔に放映されていた番組たち。

「面白いもの」とは?を考える時に差し掛かっているのかもしれないですね。
そんな思いが、息子の私の中で湧き上がっています。

今日の話題はここまで。
では、また。

追記
「新 仮面ライダーSpirits(6)」ご購読ありがとうございます。
父の手元にも本を届けました。嬉しそうに「何度でも読むぞ」と云っています。

ブログランキングご支援ください。
父へ毎週の報告事項になりつつあります。

テーマ:特撮ヒーロー - ジャンル:テレビ・ラジオ

拡散希望!!【演じるということ】のはなし

こんばんは。
今日は、予報通り雨が降りましたね。ちょうど、父の滞在先に、父が欲する書籍の山を抱えて入館する時が酷い降りでした。父にあの悲しいニュースを伝える事が、息子の気持ちを重くしていました。

さて、今日の話題は【演じるということ】のはなしです。
いつもなら火曜日の更新をお休みして、翌日に父との会話を思い出しながら記事を纏める。というパターンが多いのですが、この話は是非とも今日中にお伝えするべきと、某ファミレスで入力しています。

いつもの定位置に父は車椅子に座っていました。多数の老人の中にいても、すぐに見つけられます。父のうしろ姿。
父の左側に椅子を自ら用意して座ります。左側から声を掛けないと、父は辛いのです。
息子は座ってひとつ深呼吸して父に伝えました。
「仮面ライダーストロンガーの…」と言い終えるまでに、父から「荒木君のことだろ?」と息子に聴き返します。
父は、新聞などのニュースで既に知っていました。

父は、寂しそうに「僕より全然若いのに…」と、荒木さんの事を教えてくれました。
「仮面ライダーストロンガー」の主役で、荒木君を引っ張ってきてくれたのは、「阿部ちゃん」(一緒に仮面ライダーのプロデューサーをしてくれた阿部征司さんのことです)なんだよ。この話は、息子は初耳でした。
荒木さんの訃報を聞いた、藤岡弘、さん、速水亮さん、高杉俊介さんが「哀悼の意」を表してくれていたことを伝えると、父は、「仮面ライダーで繋がった縁で互いを想いあってくれるなんて、嬉しいね」と涙を溜めながら話してくれました。ある人から教えてくれました。【伝説のイベント】で俳優さんが集まると「演じるということ」の会話がはじまったことを。

父は、試写会で見た映画「スーパーヒーロー大戦」でのJAE(ジャパンアクションエージェンシー)のスーツアクターの演技を観て「見直したよ!」というのです。
この話には、伏線があります。
1975年から放映が始まった「秘密戦隊ゴレンジャー」にありました。
当初、アクションや殺陣は、大野剣友会が担当していました。途中から、当時のJAC(現JAE)に変わったのです。変わったのは、父の意向では決してありません。いつかこの顛末のお話ができる日がくるのかなと思っています。
大野剣友会の故高橋一俊さんが「名乗り」「見栄切り」「間」をつけてくれましたが、スーツアクターが変わるとそれができないのでした。父、自ら教えても様にならない。そこで、「演ずるということ」の話題になったのでした。

父曰く、「仮面ものの俳優になりたいという人が多く応募してきて…」という話を、仲間から聞いたそうだ。
「顔が見えない演技というものを判っているのかな?」と危惧していました。
「格好いい構えは、出来たとしても被り物した状態で、喜怒哀楽を視聴者がわかるように演技をしなければならないのだよ」「俗に云う、背中で演技ができるようにならないと」
息子は聞きました。
「そのような演技ができるようになるにはどうしたらいいのかな?」
父は
「劇団で勉強するとか、人からどう見えるのか?厳しい訓練や評価をしてもらうことが大事なんだと思うよ」

話の中で「弦ちゃん」演じる俳優 福士蒼汰くんは、ちょっと他とは違うね。と好評価でした。

演じるということで、名脇役の故潮健児さんの話題になりました。
父が「悪魔くん」でメフィスト役で潮さんに出演していただいてから、ちょい役も含めて多数出演していただきました。父が潮さんの演技を認めていたのは、主役を喰う事をせず、且つ、監督やプロデューサーが欲する以上の演技をしてくれたこと。アドリブもたくさんしてくれたそうです。それでも脱線せず安心して任せることが出来たと言います。

有名な「地獄大使」の役でも被り物をしても、表情豊かに顔だけで充分な演技力を発揮してくれて、父としては本当に頼もしい存在でした。アドリブは?との父への問いも「ふふふ」と笑いながら「どうだったかな」と煙に巻いてましたが、監督も父も面白いからOKを出していたようです。

父とこうして会話が始まると、歯止めが効きません。
父から「おまえ、なかなか勉強してるな」と言われると、「あの【伝説のイベント】からだよ。あんなに凄い仲間に囲まれてオヤジが仕事してきたと思えば、父の存在が忘却されないようにするのが息子の責務だろ?」
ドヤ顔で言い放ち、親子で大笑いしました。

今日の話題はここまで。
では、また。

ブログランキング、父も気にしております。
ご支援お願い申し上げます。

テーマ:特撮ヒーロー - ジャンル:テレビ・ラジオ

拡散希望!!【俳優 佐々木剛さんと愛すべきファンのみなさん】のはなし

S・Hフィギュアーツ 仮面ライダー2号(仮面ライダーTHE NEXT)S・Hフィギュアーツ 仮面ライダー2号(仮面ライダーTHE NEXT)
(2008/03/29)
バンダイ

商品詳細を見る


こんにちは。
昨日、ニュースにもなっていましたが木更津金田に新しくオープンした「アウトレットパーク」は、近隣一般道やアクアライン等で激しい交通渋滞や交通事故が多発しました。楽しいドライヴやショッピングが目的なのに、残念ですね。クルマのナンバーを拝見すると、横浜、川崎、東京各地のナンバーがたくさんありました。「海の向こう岸」の良さを知っていただく切っ掛けで、「アウトレットパーク」に来店される事は好ましい事ですが、ありえない場所での停車や、クルマの転回などなさっている行為を見ました。少しの心掛けで交通渋滞や交通事故は防ぐ事ができますので、よろしくお願い申し上げます。


さて、今日の話題は【俳優 佐々木剛さんと愛すべきファンのみなさん】のはなしです。

所用で、上映には間に合いませんでしたが(佐々木さんからいただいた映像データは、父と並んでみました)、その後のトークライブやサイン会そして懇親会と、たいへん充実した楽しい時間を過ごす事ができました。
漫画家 村枝賢一先生も参加してくださいまして、会場は大変な盛り上がりです。

トークライヴで、少しだけ元東映プロデューサーの平山亨の息子ということで、壇上で簡単にご挨拶だけさせていただきました。その壇上からみたファンの年齢層に、正直なところ想像していた年齢層より若い年代がほとんどでした。これには、ビックリしましたね。

質問コーナーで、質問をさせていただきました。
まず、会場のお越しのファンのみなさんへ
「ここに参加されているファンのみなさんが、想像している年齢層よりも若いのでビックリしています。リアルタイムで旧1号ライダーや2号ライダーをテレビで観ていない年齢だと思うのですが、どうして昭和ライダーのファンになったのですか?そして、そのライダーから人格形成の上で何を教えていただいたのか、簡潔にお答えください」と3名のファンのみなさんに答えていただきました。

アマゾンライダーやスーパー1ライダーを観た年齢なのですが、劇中で1号2号が客演していたりを観て、かっこよく思いファンになったと答えてくれました。父が伝えたかった「人間の自由と平和を守るため」敢然と悪に立ち向かう正義のヒーロー、が確実にファン伝わってくれている事が大変嬉しく思っていました。

「仮面ライダー」を好きになる入口は、様々です。村枝賢一先生が描く「仮面ライダー」が好きになる方もいます。主題歌等の音楽に特化する方、玩具といっていいのでしょう。フィギアを収集。それが、高じて自作の仮面ライダーの仮面をつくってしまうファンもいます。どの入口でもいいんです。趣味の分野が特化しているくるのも理解できます。みんな、「仮面ライダー」が好きなんですから。

中でも、親子で参加してくれたファンもいました。父とも会話をした事があるようで、父がお子様の成長を褒めてくれたことが印象的だったと息子の私に教えてくれました。

サイン会も長蛇の列ができました。俳優 佐々木剛さんは一枚一枚丁寧にサインを書いてファンと談笑している光景は、「ヒーローを胸を張って演じてきた自信とファンへの愛情」が溢れていましたね。

その後は、カラオケで特撮ヒーロー番組主題歌を延々とみなさん歌って、変身ポーズをして、会場で誰かが音頭を取るわけでもなく大合唱となります。主題歌や副題歌らしいモノで、みんな嬉しそうな表情で歌っています。息子の私も一緒になって歌っていました。

ファンのみなさんは、息子の私に気さくに話しかけてくださり「平山先生のご容態は如何ですか」と心配してくださり、また、他のファンは@@@のイベントでお話させていただいた、という方まで様々です。
父が、如何にファンを大切にしてきたか、そして出来る限り「仮面ライダー」関連のイベントへ積極的に参加していた事が良くわかります。

父は、家から出掛ける際に行き先を基本的に言いません。これは、現役時代から変わりません。さすがに、現役を退いてからは、泊まりか帰宅するのかぐらいは伝えていましたけどね。

リアルタイムで観ていない世代であっても、『面白いものは面白い』。だから、ファンになる。という事実を知ることが出来て、本当に父にこの会へ参加する事が叶うならさせたかったと息子の私は思いましたね。

「勧善懲悪」のわかりやすいストーリー。21分と数秒のドラマに引き込まれる面白さ。確かに、平成ライダーや悪役のキャラは、予算も当時に比べると(←ここ重要)潤沢にかけられ、「格好良い」と思います。出来るだけ本編を長くした構成も見ごたえあります。そんな時代でも、昭和ライダーは、充分に他の番組と闘える素材だと個人的な思いでいます。

いろんな方々から、父の事を教えてくださいました。
科学技術館(東京)での「仮面ライダーアマゾン」のトークショーでの出来事。
父、平山亨が呼ばれて壇上に上がり、振り向きざまに、あの有名なポーズを父自ら行いながら「アーマーゾーン!!」と叫んだといいます。父が考えたフレーズで自慢らしいのですが、還暦も遥か昔に過ぎたお爺さんがやるのですから、父らしいと言えます。

また、別のエピソードも。
息子は最近まで知らない事実でした。
父は、あまり好戦的な人物ではないと思っています。仕事上で、大声で喧々諤々と論議する事はあっても、嫌いな人はいないと、言っています。
しかし、某氏からかなりの嫌がらせを受けていたのです。
父は、あまり本社のデスクで仕事をするタイプでは無かったと聞いていましたが、某氏が父のデスクをテレビ部の外へ放り出したと言うのです。私は、伝聞で聞いた話ですからこのブログで書いていいのかとも思いますが、事実であるならば「まるで、子どもの嫌がらせ」と写ってしまいます。なんで、そんな事するのかねえ?その行為を犯した人物が、どういう理由であれ“良識ある他人がみたら”どのように写るのか?考えたことあるのかな、などと息子の私は考えてしまいます。

もし、何かのイベントで同席するような事態になる事があったならば・・・

主催者に一言「敵討ち」してもいいですか?おそらく言うと思います。
「敵討ち」の内容は、「子どもの嫌がらせではなく、実に合法的でスマートな方法」でね。
なんてね。半分以上、マジになっていますよ。この件に関しては。

昨日の会で、愛すべき「仮面ライダーストロンガー」で大活躍された俳優 荒木しげるさんへの黙祷も会場に参加されたみなさんでさせていただきました。

今日の話題は、ここまで。

余談
最近、ブログ記事を読み返して発見しました。
無理に毎日更新しなきゃ、と書いた記事は恥ずかしいものであると認識しました。
今後2日連続休載は避けますが、きちんと書けるものを掲載するようにします。
あっ、某氏の行いに関して「異論反論」あるかたは、コメントでお伝え下さい。
記事掲載した以上、逃げも隠れも言い訳もしません。

では、また。
ブログランキング
ご支援下さい。父も楽しみにしています。

テーマ:仮面ライダー - ジャンル:テレビ・ラジオ

拡散希望!!【仮面ライダーストロンガー】のはなし

仮面ライダーストロンガー Vol.1 [DVD]仮面ライダーストロンガー Vol.1 [DVD]
(2003/10/21)
特撮(映像)、荒木茂 他

商品詳細を見る


おはようございます。
いつもなら、スーパーヒーロータイムの感想などを此処で語るのですが、大事なフォロワーさんからの知らせで、気落ちしています。あの【仮面ライダーストロンガー】で大活躍していただいた俳優 荒木しげるさん(最後の芸名は茂→しげる、となっています)が14日午後5時2分、肺炎のため都内の病院で死去されました。享年63歳。あまりにも急な知らせに、父にどのように伝えたらいいのか、頭が混乱しています。

昨年7月の【伝説のイベント】の楽屋で、荒木さんにご挨拶させていただきました。
「元東映プロデューサーの息子です」
にこやかに挨拶を返していただいた、あの優しい荒木さんの姿が昨日のように思い出されます。
楽屋でも、当時のスタッフと談笑していて常に会話の中心にいました。

あの撮影現場のこと。
タックル役を演じた 故岡田京子さんのこと。
選挙に立候補したときのこと。
ゴルフのこと。

口調は「べらんめえ調」で、そのままです。

息子の私が、公式発表として知ったニュースは、報知新聞のWeb版でした。
その報道の一部を抜粋してお知らせします。

13日の午後に危篤状態となり、妻で元女優の憲子さんと正美さんがつきっきりで励ました。夜には一度、心臓が止まったが、家族は枕元で楽しい思い出を語り続けたという。憲子さんが、「パパ、仮面ライダー格好良かったね」と言ったとき、呼応するように息を吹き返し、この日も何とか持ちこたえていたが・・・

ニュースソース
http://hochi.yomiuri.co.jp/entertainment/news/20120414-OHT1T00294.htm

あの楽屋では「僕は、このイベントで仮面ライダーを卒業・・・」なんて笑いながら言っておりましたが、最期まで「仮面ライダー」であり続けたのです。奥様から「パパ、仮面ライダー格好良かったね」で息を吹き返すなど、読んでいて涙が流れてきました。

数ヶ月前の話ですが、父、平山亨が栄養補給の為の点滴や、肺炎の炎症を抑える為の点滴など、父が意識が混沌としている時期も、息子は父に「こら、まだまだ企画を番組にするんだろ?ファンのみなさんが待っているよ」と枕元で語りかけていました。今では、おかげさまで何とか体調は穏やかに保っています。

荒木しげるさん、いままで子ども達に誇れるヒーローでいてくださいまして、ありがとうございました。
等身大のヒーローとして、世界中の人々から愛され続けている「仮面ライダー」は、みなさんの憧れです。そして、「仮面ライダーストロンガー」というヒーローは、ファンの間で語り続けられることと思います。
ご冥福をお祈り申し上げます。合掌。

では、また。




テーマ:仮面ライダー - ジャンル:テレビ・ラジオ

拡散希望!!【5年3組魔法組】とシナリオライターのはなし

こんばんは。
春らしい気候から一転して、寒い雨降りの天気となった土曜日です。(秘密基地のまわりでは)
読者の中には、アクアラインの麓でアウトレットパークが開店するので渋滞にお気をつけくださいと、Twitterで教えてくれた。そんな中、ある人物とコンタクトを取る使命を下され、明け方暗い内から《はりこみ》をしていたが、残念ながら身柄確保に至らず悔しい思いでこの記事を書いている。何故、《はりこみ》までして身柄確保する理由は聞かないでくれ。話は、長くなるのだ。

さて、今日の話題は【5年3組魔法組】とシナリオライターのはなしです。

父がこれまでに世に輩出した番組には、2つの路線があることを知っているだろうか?
ひとつは、『仮面ライダー』に代表されるような“格好いいヒーロー番組”もうひとつは、『ロボコン』などに代表される“格好悪いダメ人間番組だ。*ロボコンは、父にとって人間に等しい思いで、つくっていました。

『仮面ライダー』など格好いいヒーローは、父の“憧れ”でありました。父は、幼少時は病弱で、自分自身の不格好さを悩み、自分に無い格好よさの分身として『圧倒的に格好よくて頭が良くて強いヒーロー』に夢を託してきた。先日の親子での会話でこんなやりとりがあった。

「仮面ライダーの本郷猛とか、知能指数とかのスペック見たことあるだろ?」
「ああ。あれね。真面目に考えると、あの数値は、ありえないだろ」
「いや、それは僕自身、わかって設定を考えているんだよ。普通じゃダメだし、ちょっと高めの数値でも、面白くない。面白くするために、敢えて「理屈抜き」の設定なんだ」
「・・・」

そうして、格好悪い方にはダメな自分そのものを投影して、ダメで格好悪い父でも、がんばれが何とか生けていけるのだと『慰めと励まし』にしてきたのでした。

さて、何故『5年3組魔法組』という題名になったのでしょうか?
これは、広告代理店のMプロデューサーと討論したといいます。
父は、この番組の視聴者対象を小学生を狙いとしていた。父の脳裏には、当初から『5年3組魔法組』という題名が浮かぶあがっていた。数字の7・5・3というのは、日本人が好む数字でもあったからだといいます。

5年という設定については、6年生や3年生では、何故ダメなのか?と疑問をもつでしょう。
6年生は、中学進学を控えて魔法どころではないはず。子どもの習性からすると、すこし背伸びして世界を見たがるが、自分以下の世界は馬鹿にして見ないものだと父は解釈していました。
となると5年生の設定であれば、勝算はあると考えたのだった。そして、語呂のよい『5年3組魔法組』という題名になったのです。

父が、数多くの番組を支えていく柱として、シナリオライターの得意技で分類するように考えていました。
『仮面の忍者 赤影』『仮面ライダー』は、故伊上勝さん。『人造人間キカイダー』『怪傑ズバット』は、長坂秀佳さん。『秘密戦隊ゴレンジャー』『がんばれ!!ロボコン』は上原正三さん。そして、この『5年3組魔法組』『好き!すき!魔女先生』は、辻真先さん。それぞれの作家の得意技で最高のものを創り出してもらうように心がけていたのです。

ただ、完全に分けることができなかったのも事実で、ロングランの番組になるとそれぞれの作家のみなさんに、時代劇やコメディを書いてもらい、息抜きや刺激にもなっていたようにと父は思っています。

辻真先さんと父との出会いは、某編集長から紹介されたのでした。
父は太秦(京都撮影所)の映画畑が出身であるが、辻真先さんの書くシナリオは軽妙な流れの中に面白味を出す名人だったと回想する。父から教えてくれたのだが、辻真先さんは「理想として30分ものは、30分で書くことだ」という。

テレビ番組(ビデオなど普及していない時代)は、見る人が考え込んだり見直したりするメディアではなく、秒単位で来ては流れ去るものだから、考え込んだりしなくては書けない内容など重くてしかたがないと辻真先さんが教えてくれたと言う。テレビというメディアの創世記から携わってきた名人だけに、本質をついた秘伝と父は言っている。

父が書いた本の中にこのようなくだりがある。
テレビは流れる。澱みなく流れる気持ちの流れ。理屈はいらない。読み返さない。そんな作品が名人、辻真先さんの秘伝なのだ。私の性癖として難しいと言われるものに挑戦したくなる変な癖がある。そんなことをしなくてもやることは無限にあるのに、何故か挑戦したくなるのだ。

追記
辻真先さんは、Twitterに参戦されています。アカウントは、ご自身で探してみてくださいね。

今日の話題は、ここまで。
では、また。

ブログランキング
ご支援ください。
父も喜びます。

テーマ:特撮ヒーロー - ジャンル:テレビ・ラジオ

拡散希望!!【父が企画した番組の源流】のはなし

カラー版 妖怪画談 (岩波新書)カラー版 妖怪画談 (岩波新書)
(1992/07/20)
水木 しげる

商品詳細を見る


こんにちは。
春らしい気候になってまいりました。4月といえば、新しい環境に飛び込む時期でもあります。そして、テレビ業界でも、番組改編があり新番組が続々と登場しています。この業界も、煌びやかな反面たいへん厳しい部分も多々あります。第1回放送時の視聴率が、エンタテイメント部門のニュースにもなる時代です。ましてや、番組プロデューサーなどは、成績表を見せられたようなものです。父がよく視聴率のペーパーを見ていたのを覚えています。

さて、今日の話題は【父が企画した番組の源流】のはなしです。

先日、息子の私がこの本を古本屋で見つけました。「水木しげる先生」の描く妖怪の画が好きで、思わず買ってしまいました。目的の本は、別だったのですがね。父が幼少の頃から、怖いもの見たさで「お化けや妖怪」が好きで、学生の頃に中国の妖怪譚『聊斎志異』(りょうさいしい)を読んでいたのだった。

その事を見舞い時に父に聞いた。
「オヤジ、あの時代に『聊斎志異』という本を入手して読んだよな?」
「僕は、小さい頃は病弱でな読書することが楽しみだったんだよ。それに、今ほど娯楽や遊びという事に関してはそれほど楽しめる事も少なかったしな」

先日、仮面ライダーの企画の源流とも言える『ギリシャ劇・ペルソナ論』にしても、「悪魔くん」「河童の三平 妖怪大作戦」の源流となる『聊斎志異』や、貸本屋版「悪魔くん」を父が読むチャンスが無ければ、番組を企画する発想がどうなっていたかと思うのです。

父は、子どもの私達に向かって“この本を読め”とか言う人ではありませんでした。ただ、自分が興味を持ったこと、解らない事は父の口から教える事ではなく、息子達自身がいろいろな書物を読んだり調べたりする「癖」を付けてくれたことは、今でも感謝しています。
今年50歳になろうとする次男坊の私の読書量は、父の多読王と自ら名乗る事に比べれば、まだまだ父の域に達するのは難しいと思います。

この「妖怪画談」は、「水木しげる先生」が描かれた画もさることながら、それぞれの妖怪の文章も先生が筆をとったようで読んでいて、「驚きと想像」が沸いてくる書物です。

最近、書籍の電子化の話題がニュースやコラムになっています。息子の私自身は、両立できないのかな?と考えています。目的の本がはっきりしない状態で、本屋の店内をうろうろするのが好きで月に数回は≪巡回≫と称して乗り込んでいます。本屋さんの並べ方で「ベストセラー」「作家別」「話題の本」などを表紙を見て楽しむ、手にとって見るという行為ができるのは、紙の本ならではの楽しみ方です。昔、レコードを買う切っ掛けに「ジャケット買い」という事が言われていました。同じ様なことが本にもあてはまるように感じています。

おっ!この表紙、題名が面白そう。 



手にとってみる。



中をパラパラと速読する。



購入する意思決定。

父の蔵書が家に保管できずに、とうとう山梨方面の倉庫を建てて一時保管していた時期がありました。その際、大変お世話になったファンの方がいるそうで、この場を借りてお礼申し上げます。
その蔵書も、整理して今では「日本大学芸術学部」の図書館に寄贈したと聞いております。その本が、これから映像の世界で活躍したいと目標を抱いている学生さん達の役に役立っているなら、父としても直接指導することは出来なくても、その書籍が学生さん達の大事な財産になると思っています。(本を借りたら返してくださいね)

書籍の電子化は、別の部分でメリットがあるように思います。
まず、蔵書するスペースが限られている日本の家屋や事務所の事情を考えれば、良い事でしょう。また、何冊も持ち歩かなくてはならない場合、ブックリーダーなどの端末機器にデータがあれば便利です。

父が「うなり声」を上げながらシナリオを直したり、企画書を書いているうしろ姿を見て育ちました。
父が度々言う事は
「書けている時は、そりゃ気持ちいいさ。出なくなった時の苦しみは・・・」
父は、その苦しみを知っています。それでも、プロデューサーという立場から、シナリオライターの家の前で待ち伏せしたり、ポストにこんなメモを残したこともあったそうです。

「プロデューサーとしての立場が危うくなっています・・・」

先日の会話でその事に私が触れ、
「あの置手紙のようなメモ、本当かい?」
「いやあ、大変だったよ。だって書けなくなると雲隠れしちゃうんだもん。手ぶらで帰ると「有作」が怒るんだもん」(有作とは、仮面ライダーが撮影されていた東映生田スタジオの所長 故内田有作さんのこと)

番組をつくる上で、すべての作業は「シナリオ」があって初めてスタートできるのです。
父の話を聞いていると、文芸の部分だけではない、今となっては懐かしい苦労話がでてきます。

お話できるチャンスがあればと思っています。

今日の話題は、ここまで。
話が脱線しましたね。ごめんなさい。
では、また。

(土)(日)の「改造人間哀歌」の入りが気になります。
息子の私、(日)遅れて参加予定です。

ブログランキング、猛追されて苦戦しております。
ご支援願います。父も喜びますので。

テーマ:特撮ヒーロー - ジャンル:テレビ・ラジオ

«  | ホーム |  »

プロフィール

次男坊

Author:次男坊
【泣き虫プロデューサーの遺言状】講談社より好評発売中。
父、平山亨は、2013年7月31日23時24分心不全により他界いたしました。

riderブログランキング

FC2Blog Ranking

お読みになったらポチッとね。

秘密基地へ、ようこそ

息子の推し本

息子のお奨め書籍

リンク

このブログをリンクに追加する

最新記事

最新コメント

最新トラックバック

月別アーカイブ

カテゴリ

未分類 (17)
本 (11)
Tweet (9)
ご挨拶 (3)
【伝説のイベント】 (3)
告知 (61)
父が愛したモノ (7)
仮面ライダー関連ニュース (6)
親子の会話 (45)
息子が観たこと、聴いたこと。 (207)

ちょいと見てやってね!

フリーエリア

検索フォーム

RSSリンクの表示

QRコード

QR

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。