2012-06

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拡散希望!!【父の云う、好きだからここまでできた】のはなし

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(2010/12/22)
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こんにちは。
右肩の痛みに、悩まされています。
可動域が狭く、ストレッチもできません。もう、そのような年齢なのですね。

今日の話題は【父が云う、好きだからここまでできた】のはなしです。

この話題をUPしようと思った切っ掛けは、先日、献本していただいた特撮監督の佛田洋さんの『特撮仕事人』を拝読してからです。一気に読みました。2度目に突入です。



父の所へ、ファンとしては何人も訪れている事は知っていました。
しかし、仕事をしたいと云ってきた人はどれくらいいるのでしょうか?
父は、ファンであろうと仕事に就きたいという人も、真摯に応対していたようです。しかも、あの寝る間も惜しんで仕事をしていた時期にです。

父は、「好きなことだから」ここまで仕事ができたんだ。有り難い事だと考えています。少なくとも、通常のサラリーマン的な(私個人的な考えではサラリーマンという言葉はネガティブな響きがあるような気がしています)考えはありませんでした。もし、そのような考え方をするなら、あの膨大な量の仕事をすることはできません。
それが、原因で家庭では“喧嘩にならない喧嘩”を夫婦で繰り広げてました。
散々文句を云う母でしたが、何時帰るともわからない夫を支えていたのは事実です。

あの業界の奥様方は、忍耐強い方が揃っているのでしょうか?

佛田さんの著書の中でも『好きな事がやれて』という言葉が出てきます。
父に聞いたところ、最初の頃の賃金(アルバイト代)は、ほんとに些少な金額だったようです。

私も、サラリーマン時代がありました。父とは違う畑です。でも、ブラック企業的な要素が満載でしたから社員の口からでるのは「ハンバーガー屋の時給より安いぜ」というセリフ。それが、普通な考え方なのかもしれません。もう数年前に、サラリーマン稼業は辞めました。


私が知っている(お名前だけですが)某氏も同じように、仕事がしたいと訪れていましたが、父から学校ぐらいキチンと卒業しなさいとのアドバイスも聞かず、師匠と勝手に仰いでくっ付いていました。父のアドバイスを聞かなかった事は、それなりの覚悟があるのかと思いきや、大学の校風が嫌だと理由で入学金を親に払わせていながら辞めていました。

父が退職しても、交流があったようですがその後のTwitterでの発言(その発言は削除しているようです)では、師匠と仰ぐ父を「業界では終わった人」「仕事をしている気にさせてあげているのは僕」などと発言をしていました。
実に、中途半端な恩知らずな男だと私は思いました。その事実を、父に伝えました。人を表立って非難するような性格ではないのですが、あきらかに裏切られような哀しい表情をしていました。

本当にしたい仕事をしたくて父を師事したならば、たとえ、父が鬼籍に入ってもあの発言を公の場でしないのがあたりまえでしょう。
あの男は、「平山亨」という男に近づきたいだけだったのかな、と思っています。
父が会社を退職して、なかなか活躍する場が厳しくなったら、あの男の中では用済みだったのでしょう。

本当に「好きな仕事」がしたい人は、4畳半を2人で住もうが、賃金が少なかろうが、労働時間が酷いにものになろうとも、我慢じゃだめなんです。楽しいから続けられるのだと思います。


父は、住む家は雨風凌げれば良い。クルマも、高級車でありません。賃金に文句も云いません。
ただただ、良い仕事がしたいのでした。

それを、教えてくれたのは父の後ろ姿と佛田さんの『特撮仕事人』の内容でした。
本の内容は、詳しくは書きません。購読してください。
特撮が好きな人、これからその世界で仕事がしたい人。大変参考になると思います。
その本の中でも、特撮研究所の矢島会長の言葉も大変重みがあります。

巻末に、特撮研究所の矢島会長からの寄稿が掲載されていました。
その文中に私が佛田くんと組んで仕事するなら・・・のところで、不覚にも涙が溢れてきました。
矢島会長が、父を意識してかどうかはわかりませんが、是非その仕事をしてくれる事を切に願います。
その時は、父も何らかの形で参加させてください。

今日も、纏まりの無い記事で申し訳ない。

追記
父の中で、何かが湧き上がってきているようです。
「このタイミングしかないんだ・・・」と云います。
原稿用紙の束を頼まれました。
元気になるのは嬉しいのですが、体力との相談ですよ。ねえ、お父さん。

今日の話題は、ここまで。
では、また。

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拡散希望!!【父の近況と佛田洋監督の著書のお知らせ】のはなし

特撮仕事人(仮)特撮仕事人(仮)
(2012/06/28)
佛田 洋

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こんにちは。
週一のオフが火曜日ですが、一番早起きをしてフル回転をする日です。
そう、恒例の見舞い日と私の家族と会う日なのです。

今日の話題は、【父の近況と佛田洋監督の著書のお知らせ】のはなしです。

昨日は、延々3時間を喋り続けておりました。
確かに、意識が朦朧として病床に伏せているより、良い傾向なのですが、このところ暴走気味です。

父の体調を気遣うあまりに、関係者には大変申し訳ないことをしていました。
父の滞在場所を意識的に告知せず、見舞いを息子如きがブロックしていました。


何故、このような事をしたのか?簡単にご説明します。

昨年、緊急入院をした際に兄弟(私には4歳年上の兄がいます)で相談して、親族以外の見舞いを
「父には可哀想だけど」ブロックする事に決めました。
理由は、集中治療室での治療が続いていたこと。おとなしく寝ている父ではありません、入院着を無意識で脱いでしまうこと。カラダに点けられた点滴針などを勝手に抜いてしまうなどの行為が見られました。

その後、落ち着く方向に行ったのですが父の呼びかけに答える事ができても、相手が誰なのか理解していない模様です。ましてや、一般病院ですから見舞いを解禁すると、病院側の混乱も予想されました。

昨年の【伝説のイベント】で、関係者から父の滞在先を教えない事について、責められたりもしました。
心の中で「本当に申し訳ない」と思っていました。

兄弟で父の性格を危惧していました。
見舞い客が来訪され、その会話の中で全盛期の楽しい記憶が甦り、父のテレビ番組を作りたいという虫が騒ぎ出すことが心配だったのです。


主治医から、父の病状を聞きました。
その中で、まだまだ小さいのだが「脳梗塞」があることが検査の結果判明しました。
主治医曰く、部位もそうだが父の年齢から開頭して手術に耐えられる体力が無いだろうとの説明。

その“爆弾”を抱えながら父は過ごしています。
本人は、「脳梗塞」の事は理解していないでしょう。また、その症状を別に気にしていません。気にしすぎて萎縮した生活をするより良いでしょう。

しかし、それが最近の父の様子を見ていると暴走気味になっています。
1月28日に行われた『内田友作さんのお別れ会』。
会いたい人に会えて、父のとても嬉しい表情に、付き添いで同行した私も良かったなと思ってました。
しかし、その後、再入院。期間が短いものでしたが、無理はしてはいけないという教訓になりました。

父の体調が平穏になったので「スーパーヒーロー大戦」を見せたいと考え、選択肢はDVD、一般の映画館どとらかと悩んでいましたが、大泉の東映デジタルセンターでの試写会に出入りを手配してくれた某氏のお陰で、最新のシステムで大きなスクリーンでの映画を楽しむ事ができました。
このときは、昼間で外出時間や往復距離が短かった事から、体調の変化はありませんでした。

6月に入り、「東映の同期(Ⅲ期)入社した会があるので、参加は如何ですか?」と有り難いお誘い。
銀座までの距離と移動時間が長い事が心配でしたが、本当に久しぶりにあった旧知の仲間に会えて楽しい時間が過ごせたようです。ここでも、父は喋りっぱなしです。しかたがないですね。話す事が好きなのですから。

父の滞在先まで遠路遥々、見舞いに来てくださる旧知の方も少しではありますが、増えてきました。
別の某氏のお陰です。本当に感謝しております。

父の中で「好きな事をしたい」という気持ちが大きくなり、その気持ちを静める事ができないようです。
父の「好きな事」は、子ども番組をつくることです。

父は、「好きだから」ここまで出来たんだ。という事を盛んに云うようになってきました。

リハビリで平行棒の間を、摑まりながら少しだけ歩けるようになりました。
これに気を良くした父は、『あのイベントに電車乗り継いで観にいくぞ!』と云って、息子の制止を聞き入れません。やっと、理学療法士と看護士から直接、諌められた次第です。

父の頭の中には、『隠居』という言葉はありません。また、上から目線での『評論家』になることもありません。

自分でつくりたいのです。

しかし、大きな壁があります。
まだまだ、番組をつくるだけの体力はありません。
時々、訳のわからない事も喋り始めます。

さらに、もっと大きな壁があります。
父は、東映を退職したらその威力抜群の名刺もありません。もう、ふつうのお爺さんです。
往年、一緒に仕事をしていた仲間も、同じように年齢を重ね、既に現場を離れています。
中には、父が頼りにしていた仲間は、若くして鬼籍に入られた方々もいます。

もし、父が現在構想中の企画を書き上げる事ができたら、それをどうしようと云うのでしょうか?

父が、まだ健康であった退職後に大変苦い経験をしています。

東映の名刺が無くても、企画書をいろいろな所に持ち込んでいましたが、中々軌道に乗せる事が出来ませんでした。父が、そのような行動をした事が某社に伝わり「平山亨は、弊社を退職しており無関係です」という文書が出回ったという噂も耳にしました。

私は、理解できますが、少しだけ寂しい気持ちになりました。
「子ども番組」もビジネスですから。

父は、現在構想中の企画を不自由な体と体力と、頭の中に“爆弾”を抱えながらも、どうにかしてやろうと考えています。

父は、大袈裟に云えば病院のベッドではなく「好きな事」=「子ども番組」をつくりながら、息絶えたいと思っているのかもしれません。それが、現場なのか、原稿を書いているときなのか、シナリオの直しをしているときなのか、生田スタジオで見た炬燵のある部屋で談笑しながら打合せをしている時なのか・・・

私が面会に訪問した時も、家族の話はほとんどしません。ほとんどが昔の仕事の話。そしてこれからの構想の事。

私は、父には長生きして欲しいと願っています。父の「好きな事」を制しても長生きしてもらうのか?それとも、大きな壁を前に父がショックを受ける事を私はどうする事も出来ずにいるしかないのか。
そんな悩みを抱えています。


最後になりました。
来る6月28日に特撮研究所の佛田洋監督の『特撮仕事人』の本が書店に並びます。また、AMAZONの予約販売は開始されています。近所に書店がない方、あってもこの類の本が無さそうな予感がするファンのみなさま、Amazonなら新刊は送料無料です。是非、ご購読ください。佛田さんから1冊、昨日届きました。ネタバレしませんよー。
届いた本は、父に渡します。あと2冊買わなきゃ。保存用と読み潰し用。マジですよ。

今日の話題は、ここまで。
では、また。

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拡散希望!【父がどれだけ忙殺されていたのか?】のはなし

<スーパー戦隊シリーズ 30作記念 主題歌コレクション>秘密戦隊ゴレンジャー<スーパー戦隊シリーズ 30作記念 主題歌コレクション>秘密戦隊ゴレンジャー
(2006/03/22)
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こんにちは。
今朝の“スーパーヒーロータイム”朦朧としながら視聴しましたよ。
昨夜は、日中の激務から力尽きて、寝落ちしてしまいました。Twitterも見ずに。

『特命戦隊ゴーバスターズ』コミカルな部分も挟みながら軽快に物語は進んでいきます。最近、吉木りささんの出番がほとんど無いのが残念です。
『仮面ライダーフォーゼ』主役の弦ちゃんが、リーゼント改め?素顔に近いヘアスタイル。好感持てます。ひとりのファンとしての勝手な感想ですが、素顔に近いヘアスタイルだと他の生徒との差別化が無くなってしまう感があります。おそらくスタッフは、何かの狙いがあってそのようなスタイルをさせているのかなと思います。


父が東映を退いてから私は全く、『仮面ライダー』『スーパー戦隊』の番組を見てませんでした。『仮面ライダー』の冠がついた番組が再開したとき、父に「また、仮面ライダーが始まったね」と言葉を掛けた記憶がありますが、ほとんど反応がありませんでした。父の心中は判りませんが、私の勝手な想像ではありますが「また、子ども番組を撮りたい」という気持ちはあったのでしょう。しかし、東映さんの名刺が無くなれば、ただのお爺さんです。私は、父を全くサポートできない不甲斐なさを感じていました。

それから、父との会話で最近の「子ども向け番組」に関わる会話はなくなりました。
前のブログでも話題にしましたが、観ていない番組については表面上の話はできても、その中身の事や内情など知る由も無く、それについて語るなど恥ずかしい事はしていないつもりです。
また、全ての書籍について新刊時から読む事はありませんでした。現在、勉強中ではありますが、新しいものより父が関わってきた仕事の復習が先です。

さて、今日の話題は【父がどれだけ忙殺されていたのか?】のはなしです。

この話は、『日本(ジャパニーズ)ヒーローは世界を制す』著者:大下英治さん 
この本の200頁目から始まる、年表が役立つので参考にしました。
(この本については、事実誤認が多いのでお話しません。父もあまりの内容の酷さに抗議したといいます)

父のテレビ番組は『悪魔くん』から始まります。
父のメモにありましたが、同時進行が3本の番組があれば失職することはない。とあります。
準備中を含めると、『ジャイアント・ロボ』『キャプテンウルトラ』『仮面の忍者 赤影』がほとんど同時期。

『河童の三平 妖怪大作戦』『妖術武芸帳』『怪盗ラレロ』がほとんど同時期。
そこから暫く、『柔道一直線』の1本だけの期間が続きます。
やがて『仮面ライダー』が始まり、同時進行で『刑事くん』『好き!好き!!魔女先生』
これから、同時進行していく番組も多さにビックリさせられます。
『仮面ライダー』シリーズを筆頭に、『変身忍者 嵐』『人造人間キカイダーと01』『どっこい大作』
『超人バロム・1』『ロボット刑事』もありました。その番組が終わると同時に『イナズマンとイナズマンF』それに続いて『がんばれ!ロボコン』『コンドールマン』

そして、『秘密戦隊ゴレンジャー』が始まります。ゴレンジャーの始まりと『仮面ライダーストロンガー』が『仮面ライダーアマゾン』に続いてました。そして『アクマイザー3』それに続く『超神ビュビューン』
『秘密戦隊ゴレンジャー』は当然続いています。『ザ・カゲスター』『宇宙鉄人キョーダイン』『忍者キャプター』『怪傑ズバット』『ぐるぐるメダマン』『5年3組魔法組』と続く。

この頃から、番組放映時のスタッフから父の名前が消えます。
父からハッキリした理由は聞いていませんが、1979年に東映のテレビ企画営業第2部長兼プロデューサーに就任していますが、慣習では部長職につくとスタッフの名前がED時のクレジットから消えるという話を別の方から聞いた記憶があります。父は、部長という肩書きより現場に近いプロデューサー、強いては文芸面で活躍したい気持ちから、部長職を自ら降ります。母の溜息を忘れません。

父の著作の巻末を見ると、関わった番組を羅列していますがどの時期まで関わっていたのかは私は知りません。

制作側のプロデューサーに父と一緒に仕事をしていただいたプロデューサーがいます。
私は、阿部征司プロデューサーが、父が多くの番組を掛け持ちしていた事が原因で大変なご苦労を掛けたと伝え聞いています。

故内田友作さんが、『仮面ライダー』時代の話だったかと思いますが、予算のことやキャスティング、シナリオ依頼など本来、父がすべきことを「おそらく、これ以上の仕事を抱えたら大変なことになる」と案じて、「予算」「キャスティング」「シナリオ」を阿部征司さんにお願いする事で進んでいったものと思われます。『仮面ライダー』以外の番組でも、同じような仕事分担であったのでしょうか?定かなことは、私は知りませんが。

だからでしょうか、それぞれの番組で父以外の方が「私がメインプロデューサー」です。という記事を散見します。その根拠は、やはり父は文芸の部分に注力させていただいており、本来のプロデューサーの仕事は、一緒に仕事をしていただいた方のご苦労があったのでしょう。

父は、老いてから良く私にこの類の話をします。
「僕は、文芸の部分をチョチョイとさせてもらっただけで・・・」

父は、度々スタッフに厳しい言葉や叱咤したこともあると云います。
父がプロデューサーの立場であるからには、「お願いします」というスタンスじゃいけない。
「できない」「難しい」という場面でも、厳しい注文をつけなきゃならないんだ。と私に話してくれた事があります。

父、本人所有のデータによると
クレジットが出ない番組も含めてなんと64本の番組に関わる事ができたのも、父は、プロデューサーとしては大変幸せな時代にいたのかもしれません。1966年の『悪魔くん』を初め、現役を去る1990年までの24年間でしたが。

忙殺されていたのは、太秦時代も同様だったと母から聞きました。
何日も撮影所から帰らず、母が心配して騒ぎ出したところ実姉(先日、大往生した松村昌治さんの奥様)から、「そういう時は、着替えを揃えて風呂敷に包み撮影所へ行きなさい。そうしたら会えるでしょ?」と教えられたそうだ。


某氏からこの事実を教えていただいた。
父は長い期間、太秦で助監督をしていた。なんとその期間は9年にもなるという。この記録は破られていないのでは?と。
助監督から、監督への昇格は本来、もっと早い時期になれるものらしい。
その話を父に問うてみた。
「昇格の話もあったようだけど、あまり早く昇格するともっと酷い苦労をするように思っていた」
父らしい考えである。
仮に、早期に監督になっていたら・・・
『仮面ライダー』は誕生していなかったでしょう。

先日の父からの命令。
「カメラを買って来い」
理由を尋ねると、「介護施設に可愛い子がいて、宣伝材料(略して宣材というそうです)の写真を撮る!!」というのです。私は、父からの命令には背けません。ハイ。次回用意すると引き伸ばして2週間です。昨日、用意しました。その後の展開がどうなることやら。。。

今日の話題は、ここまで。
では、また。

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【辻真先先生のトークライヴに参加して】のはなし

なつかしのファミリードラマ 主題歌全集なつかしのファミリードラマ 主題歌全集
(2007/01/24)
テレビ主題歌、坂上味和 他

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こんにちは。
今日も秘密基地の上空は雨雲が覆い、小雨を降らせています。
私の気持ちも『もやもやしたもの』が占領してスッキリしません。

さて、今日の話題は【辻真先先生のトークライヴに参加して】のはなしです。
大事なフォロワーさんから、ほぼ毎月、辻先生がトークライヴの壇上に上がられている事を教えていただき、ご一緒に参加させていただいた次第です。

辻真先先生は、1932年3月23日生まれ。80歳を迎えられました。
私は、辻先生とお会いするのは初めてでした。ご健康な様子で、昨日のイベントも地方から駆けつけ、イベント後も熱海の仕事場へお帰りになる、という強行軍もおひとりで行動されているようです。

壇上でのお話される姿は、凛として背筋も伸びて、とても80歳を越えた方だとは思えません。
お話も、大変興味深い内容でした。

話の本筋は、アニメを中心としたものでしたが、『好き!好き!!魔女先生』(千の目先生=原作 石ノ森章太郎先生)『5年3組魔法組』などの実写モノのお話も聞くことができました。

次回は7月中旬頃なので、ご興味のある方は是非ご参加してみてください。
このイベントに参加にご一緒させていただいた方々は、嗜好が分かれてはいましたが懇談会の時でも和やかな笑いに包まれた雰囲気でした。

辻先生と父のつながりは、太秦から東京に仕事の場を移してからである。
「人との縁」に恵まれた父は、脚本家の先生にも恵まれた。
父の頭の中では、いろいろな引き出しがあり番組を企画する際に『シナリオをどの先生にお願いするか?』があったように思う。昨日の辻先生のお話を拝聴しながら、父が企画する番組を面白くする為に最適なシナリオライターを選ぶことも重要な事だったに違いない。当然、番組の舵取りは父の仕事ではあるが、スタッフ、配役は合議制であろうから父の一存で決めることは無いと思うのだが、番組はシナリオの良し悪しできまるのだから。

父は、いまのところ健康状態はおおむね安定している。
元気に喋ることが、健康のバロメーター。
1995年夏に、脳内出血で緊急入院。
辛いリハビリを乗り越えて、左半身に不自由が残るものの自立歩行で好きな時に思う場所へ行く事ができた。
しかし、2011年4月2日自宅からの緊急入院。極度の脱水症と軽度の脳梗塞と肺炎。入退院を繰り返し通算9ヶ月の入院生活。
よくぞ、ここまで復活してくれたと思う。
父が現役時代にも、何度も過労や病気の為に入院を余儀なくされた事があった。
そのたびに、スタッフの方々には大変なご迷惑をかけました。
父の不在中に、なにやら不穏な動きもあったようですが(笑

父も人の子。スーパーマンではありません。
車椅子生活になって、中々思うように行動ができない事。これが辛いと云う。
いままで必死に仕事をして家庭を支えてきた父。
東映を離れても、「仕事がしたい」と動き続けてきた。
ある時、渡邊亮徳さんが父にこう云ったという。
「平山くんが、いきなり企画書持ち込んだら相手はビックリするだろう?」

それでも仕事がしたいと云う父。
何もそれに力になれない私。
残念だが、それが現実です。

今日の話題は、ここまで。
では、また。

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拡散希望!!【父と特撮研究所 矢島会長と2人のお弟子さん:佛田洋監督、三池敏夫監督】のはなし

特撮仕事人(仮)特撮仕事人(仮)
(2012/06/28)
佛田 洋

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こんにちは。
昨日の台風は、秘密基地のある地域にも暴風雨が吹き荒れて、穴倉が吹き飛ばされるような感覚に襲われました。今朝のアクアラインも制限速度40Kmというありさま。しかし、安全第一です。クルマが横転してはなりません。

さて、今日の話題は【父と特撮研究所 矢島会長と2人のお弟子さん:佛田洋監督、三池敏夫監督】のはなしです。

数日前から、特撮研究所の矢島会長から某氏を通じてお見舞いの申出がありました。快諾させていただいたのですが、急遽、そのお弟子さんである佛田洋監督、三池敏夫監督も同席することになりました。

当初、お弟子さんの2人と父の関係がわかりませんでした。
そのお見舞いの会話の中で、やっと父との関係を理解することとなったのです。

昨日まで、東映およびその関連会社の現役スタッフがお見舞いに来訪されたのは、1人だけでした。
昨年の春の東映主催の『仮面ライダー』40周年イベント前にも、お声が掛かるどころか取材さえもありませんでした。父も、寂しい思いを感じていたであろうし、私も、今となっては『疎ましい存在』になってしまったのかと辛い気持ちになっておりました。

佛田監督や三池監督の口から出た言葉は、今迄、知らなかった事でした。
「平山さんと出会えて無かったら、私はこの場にいませんでした」
と云うのです。

佛田監督と三池監督は、どうしても特撮の仕事がしたくてツテもコネもない状態で現在の世界へ飛び込んできたのです。
彼等はどのようにしたか?
東映の特撮番組プロデューサーだった父と必死に連絡を取ろうとしたのでした。
電話帳の平山姓をひとつずつ「東映の平山さんのお宅ですか?」と電話を掛け続けたという。
父が大泉の撮影所に呼び話を聞くことになった。

そこで父は特撮研究所の矢島さんが太秦で仕事をしているから「会いに行ってきなさい」と、事前に矢島さんに連絡をした。

矢島さんから父に連絡があった。
「本当に来ちゃったよ」

その当時の話は、6月28日発売予定の『特撮仕事人』の中にあります。
冒頭のAmazonからの情報ではまだ表紙は出てきていないようです。
特撮が大好きなファンは、是非ご購読いただきたい。

父は、その当時の佛田さん、三池さんに『尋常ではない熱意と決意を感じた』という。
佛田さん曰く、『会って話を聞いてくれた事に感激した』という。

父は、この「子ども向け番組」をつくる世界に入って、人の縁に恵まれたと云う。
昨日の会話でも、
『頼もしい仲間がいて彼らに相談すれば何とかなる』と云っていた。
その大事な仲間がひとり、またひとりと亡くなって『心細いよ』と言葉を漏らした。

特撮研究所の矢島会長は
「『仮面ライダー』の時は、俺と石ノ森先生と君と3人で、いろいろ話し合って本当に楽しかった」と当時を振り返る。

父は、矢島会長や故石ノ森章太郎先生のお陰だと云うのだが、それを矢島会長は、お弟子さん2人に云って聞かせる。
「ほら、平山くんって、こういう人なんだ。絶対手柄を自分の事にしない」

昨年から、父の側に寄り添う生活が続いているのだが、父は自分の仕事を自分で誇示したり、誇張することが無い。なにやら、このブログがオヤジ自慢のような気がして恥ずかしい思いもしてきた。

「人の縁」と云えば、東映に同期で入社した仲間との会でも高岩淡相談役が云っていた。
「平さんは、本当に縁に恵まれていたよなぁ」

父が成し遂げてきた仕事、結果としては映像を観れば良い。しかし、私はその当時、関係者の間では何が起こっていたのか、父の気持ちは如何様なものだったのかを知りたいと思っている。

それがひとつひとつ、私が知っていく事は父を知ることであり、これからこの世界に飛び込もうという若者に伝える大事な話になると思うのだ。

今日の話題は、ここまで。
では、また。

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首位を陥落して、現在第3位でございます。
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拡散希望!!【父、平山亨のこと】のはなし

仮面ライダー THE MOVIE VOL.1 [DVD]仮面ライダー THE MOVIE VOL.1 [DVD]
(2006/03/21)
特撮(映像)、藤岡弘 他

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こんにちは。
今朝のニチアサは、消化不良に終わってしまいました。全米OPゴルフのために、『特命戦隊ゴーバスターズ』はかろうじて放映されたものの、『仮面ライダーフォーゼ』以降は、観ることは叶いませんでした。それでも、Twitterの住民は強いですね!air_forzeなどと称してたくさん笑わしてもらいました。ありがとう。

昨年から、平成の『仮面ライダー』『スーパー戦隊』を視聴を再開しています。
単純に面白い、面白くないの判断基準で視聴しています。それにしても、41年前の配役に比べると、実に若い人ばかりでレギュラー陣を固めています。番組が回を重ねるうちに、役者さんの力量もあがり安心して見ていられる事もありますね。ただ、若い人だけを集めて番組を見せると「あー、面白かった」だけで終わってしまうのは私だけなんでしょうか?残らないんですよ。印象が。

それと、平成に入ってから『仮面ライダー』の世界観の設定に、もはや付いていく事ができません。
仮面ライダーのキャラクターが多すぎて、覚え切れません。
やはり、のめり込む度合いがたりないのでしょうか?
のめり込む事が出来ないのは、『仮面ライダー』という名前ではありますが、父、平山亨が参加することが叶わないからでしょう。

いろいろネットで検索をしていたら、《東映ヒーローネット》というものがありました。
関係者が、自分の一押しの番組を語る趣旨なのですが、興味深かったのは㈱石森プロの代表取締役の小野寺章さんの話で、[父、石ノ森章太郎を思う]という記事です。
大変興味深く拝読させていただきました。
小野寺章さんは、故石ノ森章太郎先生のご次男です。父が緊急入院した後、事情説明する為に石森プロへ伺って、お会いしたのが最初でした。
父が緊急入院して、母も病でまともな電話の受け答えが出来ない状態になり、父の関係者のみなさまに混乱させてしまった時期がありました。
関係者が、実家に父の容態や所在を尋ねても「仕事に出掛けています」と平然と答えてしまうのです。母の中では「仕事ばかりする夫」が刷り込まれており改善する事はありません。間違いがあってはいけないので、家庭裁判所での成年後見手続きも私が行いました。

その小野寺章さんの父、石ノ森章太郎先生を思う記事で、感じたことがあります。
章さんは、自宅兼仕事場で父の様子を伺う事ができたそうです。
しかし、平山亨の次男坊である私は、小学生の頃に連れて行ったもらった東映生田スタジオでの姿しか知りません。父が、何処で何をしていたのか知ることができませんでした。父は、意識して云わなかったのか定かではありませんが、家族に対して「今日は何がある」「何をしている」「何時頃帰る」などという事を一切云いませんでした。父がいつも持っている多数の鞄から見えるシナリオから「ああ、この番組をつくっているんだ」とやっと理解するくらいです。

昨年の【伝説のイベント】でXライダーの速水亮さんとこんな会話をしました。
「私は、父の事を誤解していました。こんなにも凄いことをしていたなんて」

その日からです。
父がどんな事をやり遂げてきたのか?
その足跡を追うために、イベントや関係者と積極的に会うことが多くなりました。
ごく一部の方を除いて(笑)、父のことを悪く云う人に会った事がありません。
有り難いことです。
最近、父への面会のお客様も増えてきました。
父は大変嬉しそうに、延々と喋ります。そう、喋っていることが父の元気のバロメーターなのです。

まだまだ、父がやり遂げてきた足跡を追う初期段階です。
もっともっと、父がしてきた仕事を知りたいのです。
みなさまのご協力お願い申し上げます。

追記
こんな話が伝わって、父が参加したイベント写真をたくさんいただきました。
父が80歳になったお祝いをしていただいたイベントの様子(実にたくさんの役者さんや歌手の方など・・・)や先日亡くなられた荒木しげるさんとの写真です。
父と息子の宝物です。ありがとうございました。
でも・・・オヤジって、いつも何も言わないんだもん。もう!!

東映ヒーローネット ㈱石森プロ 小野寺章さんの記事はこちらから。
http://www.toeihero.net/archive/rgl/omoide/main_5-3.html

今日の話題は、ここまで。
では、また。

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父も喜んでおります。ハイ。


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拡散希望!!【父と上司 渡邊亮徳さんと正統派 先輩プロデューサー】のはなし

スーパーヒーロー・クロニクル 仮面ライダー主題歌・挿入歌大全集Iスーパーヒーロー・クロニクル 仮面ライダー主題歌・挿入歌大全集I
(2003/11/19)
TVサントラ、藤岡弘 他

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こんにちは。
ブログ記事更新が、遅れ気味になって申し訳ない。
先日、ヤオフクで気になるものを発見しました。噂では、台本(シナリオ)が売買されているというので、覗いてみました。アニメ、映画、ドラマ、そして父がプロデュースした番組台本もありました。それぞれの台本が売買されている事を非難するつもりはございません。投機目的で売買する事?少し悲しい思いがします。しかし、息子の私が目にしたものは、父のお手伝いをして連番で綴じていた台本の一冊がオークションに掛けられていました。父の所有物である確証は、現物を確認しなければなりませんが息子の記憶にのこる仕掛けがあるのです。何故、その台本がバラバラにされ商品とされてしまうのか?父は、大事な台本を貸与することはあっても、譲渡することはありえません。
考えられる事は2つ。1つ目は、貸与した台本であるが、返還せずに勝手に処分した。2つ目、実家に入りきらない資料は、某所の倉庫で保管しておりました。中には、ファンと称する人が出入りすることもあったようです。父は、その方々を信用して鍵を貸し出していましたが、倉庫にあるべき資料が無い事も判明しています。自称ファンが、出来心で借りるつもりが、勝手に処分した。あまり想像でブログ記事にしてしまうのは、如何かなとは思います。あまり興味のない方にとっては、「たかが、台本」でしょうが、父にとっては「されど、台本」なのです。その台本をPCモニターで見てから、ずっと悲しい思いでいます。

さて、今日の話題は【父と上司 渡邊亮徳さんと先輩 正統派プロデューサー】のはなしです。

父、平山亨と上司 渡邊亮徳さんとの関係は、『仮面ライダー』ファンであれば既知の事実かと思います。

父のメモにこんな走り書きがありました。
深夜の2時に渡邊次長(当時)から電話あり、明朝10時に、某テレビ局の局長デスクにアクションもの企画を出せ。今、此処で局長と約束したという。

そこから、父は、日頃書き溜めていた企画書に加筆整理して提出するように仕上げた。
寝る時間など勿体無い。10分前には、待ち伏せする勢いだった。

そこへ「昨夜は飲み過ぎた」と頭を押さえながら某局長が出勤してきた。
父は、
「おはようございます。昨夜、うちの渡邊から連絡がありまして、お約束の企画書をお届けに参りました」
某局長曰く、
「そうか、俺なにか言ったか?」

「はい。アクションものを1本やろうとお約束して下さったそうで」
某局長
「そうか、俺もなにか約束してしまったような気がしていたんだが、やはりそうだったのか」
傍らの秘書に命じて、編成局長と企画部長諸氏を集めてくれて
「東映の渡邊くんと約束してしまったらしい。ひとつこの企画書を検討してみてくれたまえ」
と、云ってくれた。

「やろう!」
「やりましょう!」の渡邊次長の気合のセールスを父は理解してフォローした。

しかし、東映の正統派 先輩プロデューサーは父を非難したという。
先輩諸氏に言い分はこのようなものだった。
「企画というものは、そんなに安易に出来るものではない。平山くんのやり方は、企画者の尊厳を損なうものだ」

父は、当時このように思っていた。
商売はタイミングというものがあって、それを逃すと厳しい業界で生き残れないと思う、そのためには、このような変則も仕方がないし、そんな決め方をするから当たらないと云われるのは、局長さんのためにも渡邊さんのためにもならないから、何にも増して絶対当てるような全勢力を注いだ。

昨年の【伝説のイベント】から、当時の関係者や父が信用して懇意にしていたファンにお会いするチャンスが増えました。当時のいろいろな話を聞きます。

共通しているのは、父の悪口を云う人がいないということ。強いて云うならば、本来のプロデューサーの仕事というより企画者に色合いが強烈だった、と批評するくらいですかね。(父の悪口を、息子に云える人は、ある意味凄いですが)

父に関する話は山ほどあります。
父の見舞い時に、私が確認で質問することが多くなっています。
逆に父が、「そうだったのか!」と驚きの声を上げることも多々あります。

ブログ記事に出来ない話もあります。
また、トークイベントでお話できるチャンスがありましたら、いいかなと思っています。

今日の話題は、ここまで。
では、また。

余談
自前のゼロハリバートンの鞄が壊れました。
どうも、開口部のロックが弱いようです。
壊れたのは2個目なんですけどね。
お気に入りだったのに・・・

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拡散希望!!【映画 MOVIE大戦 MEGAMAX】DVDを父と並んで観た!のはなし

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こんにちは。
このところ、都心部へ行く事が多くなりました。
空模様が怪しい季節になってきたので、私が好きな風景も暫くはお預けです。

さて、今日の話題は【映画 MOVIE大戦 MEGAMAX】DVDを父と並んで観た!のはなしです。
昨日、恒例の見舞い日でした。遠路遥々と、父の顔を拝みに行きますが元気にしております。年齢相応の衰えは、ありますが『喋る事』は、衰える事を知りません。昨日も、延々と喋り続けておりました。

父には、評判の良い坂本浩一監督が撮った『仮面ライダー』の映画を一緒に観ようと前々から云っておりました。
家族の面会は私のみです。
1週間ぶりですから、何やら頼み事が多いのですが、これを観てからと並んでDVD鑑賞となりました。

父は、仕事上の試写会などでは『なるほどね』と云って、その場を去ることが多いと云っていますが、今日は、勝手が違います。息子と2人だけの鑑賞です。この映画を観ながら、少ないながら批評を云ってくれました。

冒頭の昭和ライダーの戦闘シーンで。
おそらくハンドカメラで撮影したのでしょうか?その画面には「おおッ!」と驚きの声を出しておりました。

綺麗な女優さん(本業はモデル?さん)が、ハイキックを見せるシーンは、『いいねえ』と。

ただ、中盤以降の戦闘シーン(殺陣)について、注文がつきました。
『急ぎすぎだなぁ?』
『エッ?急ぎすぎって?』
『間が取れてないだろ?間が取れてこそ、もっと格好良い殺陣になるのに、もったいない・・・』

財団Xの一員にダンテ・カーヴァー(Dante Carver)さんを起用した事について。
『彼、白い犬がでてくるCMのお兄さん役だろ?勿体無いなぁ。観ている子ども達はCMのイメージがあるからね』
『でも、彼自身、武道の心得があるという話だよ』
『それなら、違う起用法があるはずだよ』
『ライダーの技を磨く、味方側の特訓相手ならどう?』
『それも、ありだな・・・』

父が、どれほど『フォーゼ』『オーズ』等の知識があるかわかりません。
それでも、映画をどのようにつくったら、子ども達が喜んでくれるかは判ります。

先日も、念願の東映の同期会へ参加して仲間から『平さん、子ども心が判るからねぇ』と言葉を掛けられ一番嬉しそうな笑顔を見せていました。
父は、偉い肩書きよりも番組の文芸面で活躍することを望んでいました。
父が、テレビ部の部長を自ら降りた時に、某氏に『あんたは、馬鹿だ』と吐き捨てるように云われたそうです。父曰く、“恩を仇で返された”思いがしたと云います。

父は、子ども達の喜ぶ笑顔を見たさに番組を作りたかった。それが父らしいと思います。

また、チャンスがあれば東映さんの時代劇や『仮面ライダー』『スーパー戦隊』の映画を一緒に楽しみ、いろいろな話を父の口から聴いてみたいと、思っています。


余談
某氏から『悪魔くん』の資料一部を「江上伸一さん」という方から借りたと証言がありました。
現在、その方の行方を追っています。年齢は、50歳半ばで東映特撮番組のファンだという事です。
何か、その方に関する情報がありましたら、お知らせください。お願いします。

『仮面の忍者 赤影』の脚本(連番)の行方について。
当時、女性ファンと方が読みたいと云って父が貸出したそうです。
噂で、その方はご結婚されて後に行方不明。脚本も戻らず。この方の情報も追っています。

父は、資料が戻りさえすればOK.と云っています。騒ぎにしないので、よろしくお願い申し上げます


今日の話題は、ここまで。
では、また。

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拡散希望!!【父は、役者さんの起用方法に、こんなことを考えていた】のはなし

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みなさん、こんにちは。
このところPC前に張り付く時間が取れず、ブログもTwitterも更新できませんでした。
決して、ズル休みではございません。時間があれば、うんうん唸ってネタを捻り出し、UPしますよ!!

今朝の「スーパーヒーロータイム」しっかり視聴しましたよ。私とした事が、ipad2を秘密基地に置き忘れて、なかなかツッコミができませんでした。
『特命戦隊ゴーバスターズ』は、いいですねえ。ビートバスターという先週からの登場キャラの正体が、明かされ楽しい展開になってきました。等身大のヒーローと巨大ロボとの絶妙なバランス。視聴していてワクワクしてきます。
『仮面ライダーフォーゼ』は、最近の傾向として「弦ちゃん」キャラを、さらに格好良く見せてやろうという、意気込みを感じます。髪型をナチュラルにしてみたり、短ランの裏地をさり気なく凝ってみたり。今日は自己の得意技で勝負となりましたが、「弦ちゃん」は、ダブルダッチ。私が、『仮面ライダーフォーゼ』を視聴し始めた頃、彼のプロフィールを検索しました。記憶では、所属する研音という事務所のHPに、彼の特技にダブルダッチ、とありました。これを見て、格好良いだけでなく、リズム感と運動神経もそれなりにあるのだなと、思っていました。これから、『仮面ライダーフォーゼ』の展開は目が離せません!!

さて、今日の話題は【父は、役者さんの起用にこんなことを考えていた】のはなしです。

過去に子供向け番組を「ジャリ番」として見下していた風潮がありました。主演していただいた役者さんの中には、その後大変苦悩されたという事も、父から聞きました。

今年、『人造人間キカイダー』が放映開始から40周年という記念すべき年でもあります。
その、主役を演じていただいた『伴大介さん』などの起用に関して、このような構想があったと聞いた。

某放送局で長寿番組のプロデューサーとして有名な「石井ふく子さん」のようなシステムが作れないかと考えていた。番組に出演してもらった役者さんで良かった人は、たくさん作っている東映の番組で次々使って、できれば『東映の伴大介さん』と云うようにキープしていきたいと思っていた。そうすれば、役者さんも先行きを安心できるから演技に打ち込む事が出来るだろうと思っていたのです。

しかし、何と云っても、東映は受注産業だからテレビ局やスポンサーの意向が優先するので、一応誰々でいきたいと提案はしても相手の意向次第では変更せざるを得ない。ましてや圧倒的スターパワーを擁して他社企画に対抗するためには、もっと大物をというのも無理からぬ次第である、とも。

そういう意味では、割りに自由の効く自分の番組でやるしかないが、これもそうそう自由にもならない。こういう番組では人気があがればキカイダーのジローのイメージが強すぎて、中々ゴローに馴染まないなんていう問題もあり、難色を示す局プロもいたりして思うようにいかないものものだ。というメモが残されている。

そんな中、いくつかの特撮ヒーローを演じてもらう事ができた『伴大介くん』と『宮内洋くん』は割りにうまくいったと思うと、父は思っていた。

『人造人間キカイダー』では、こんな話も父から聞くことができた。
『人造人間キカイダー』のキャラについて、テレビ局にクレームが入った内容。
実は、スポンサーのお偉いさんの奥様が、このキャラクターを見て「気分が悪くなった」というのだ。
このキャラクターは、故石ノ森章太郎先生が好きなキャラクターとしても挙げられるものだが、どうやら頭部の機械が見える構造を、《あるモノ》を連想させてしまったらしいのだ。どのように、このクレームを収拾つけたのか結末までは聞くことはできませんでした。


今日の話題は、ここまで。
では、また。

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拡散希望!!【父と佐伯寽治 監督と辻真先 先生】のはなし

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こんにちは。
昨日は、父が念願していた東映の三期生の同窓会が銀座 三笠会館で行われ父の付き添いで参加してまいりました。出席者は、父を含めて6名。みなさん、お元気でした。父は、現役から引き続き極力、参加していたのですが昨年の緊急入院から参加する事が叶わず、「会いたいなあ」と呟いていました。同期の某氏からも父の体調を気遣い、度々ご連絡をいただいておりました。
父が、車椅子でそのテーブルに着くと、みなさんが驚くほどの喋りで、ある同期の方など「ずっと喋りっぱなしだねえ」と半ば呆れておりました。喋る事が、父の元気のバロメーターですから、お許しくださいね。
会もお開きになり、みなさんで記念写真をパチリと。
「また、会う日まで」と、みなさん名残惜しそうにお別れの挨拶をしておりました。
この方々が、口々に云うには「僕らは、お酒が飲めない人ばかりだから長生きできてるのかねえ」父も、頷いていました。映画・テレビ業界は、時間が不規則でカラダに健康とは云えない環境で、父が頼りにしていたスタッフも多くの方々が亡くなられて、寂しい思いをしている。
どうか、再度、みなさんと元気な姿でお会いできる事を願っております。

今日の話題は【父と佐伯寽治 監督と辻真先 先生】のはなしです。

その同期会へ行く道中の車内で父に
「今度、辻真先先生のトークイベントがあるので、行ってくるよ」
「おお!そうか、どこでやるんだい?」
「新宿だね」
「行きたいけどなあ」

そんな会話から、辻先生の話題になりました。
父は、太秦から東京へ異動してプロデューサーになり『悪魔くん』を世に出す事ができました。
辻先生とのお付き合いは、ここからです。
父は、このように教えてくれました。
「あの忙しい、辻先生に脚本の直しを9回?もお願いしたのは僕くらいかなあ」

やはり、父はどの番組でも脚本の出来が気になる様子で、納得するラインまでお願いしたようだ。

その後の『怪盗ラレロ』という番組では、辻真先先生に脚本をお願いした。
その『怪盗ラレロ』に佐伯寽治さんという監督を起用するにあたって、こんなエピソードがあった。

その話の登場人物は、当時の東映東京制作所所長だった故石田人士さん、佐伯寽治 監督、そして父。
三人は、東映に1954年入社の同期でありました。

『怪盗ラレロ』(かいとうラレロ)は、加納一朗作の小説、及びそれを元にした日本テレビ系で1968年10月7日から1969年3月24日まで放映された東映製作のテレビドラマ。全24話。

その撮影所で、故石田さんに呼び止められた。
「こんどの番組『怪盗ラレロ』の監督で、佐伯くんを起用してやってくれないか?」
「いいの?君が駄目というから遠慮していたんだ」
「もう、良くなったんだよ」

父もみなさんも、入社10年を過ぎれば立場も変わる。
労使交渉で、労働組合の活動闘士だった佐伯さんは、会社に干された形だったのだ。
それに対して、故石田さんは、所長として使用者側だったのだ。

後年重役となった故石田さんは、2人きりになるとこんな会話をしていた。
「いいなあ、平山は。好きな仕事に熱中できて、うらやましいよ」
「だって、俺はヒラ社員、君は重役じゃないか。俺はうらやましいよ」
「違うよ。君は無冠の帝王。うらやましいよ」
「重役となれば収入だって段違いだろう。僕は、いくら働いたって月給もボーナスもあがらない。よく女房に云われるよ。夜も寝ずに働いたら、今の何倍もの収入持って帰ってよ。なんてね。」
「でも、重役ってつらいんだよ」
「・・・・・」

父の同期が出世していくケースを知ることになるのだが、父が『仮面ライダー』などのヒットを出したので、上司の渡辺亮徳さんが、このように云ったという。
『この昇進は、“ご褒美”だよ。この先は、自分でね」

しかし、父は管理職というものより、やはり現場に直接関わるプロデューサーでありたいと思い、渡辺さんに部長職を退く申出をしたのだ。渡辺さんは、受諾した。代わって某氏が昇格したのだが・・・その話はいずれ・・・

車中で聞いた話では、父が部長職を退く時に労働組合の人々は、父に云った。
「どうして、自ら部長職を辞したのですか?平山さんなら、笑って座ってくれるだけでよかったのに」

父が車中でポツリと云った。
「労働組合の連中が好きなんだ。相談すりゃ良かったかな?」

父が、辻真先さんの脚本をこう評している。
「軽妙なタッチに奇想天外で楽しい番組になった」
「辻さんは、すべてに今日風というのか、深刻にならずに、しゃれっ気タップリ、笑いの中に突破口を見出して生き延びるのを得意とされていた。

笑いの世界には、他人の失敗、苦痛を笑いにする残酷の笑いというジャンルがある。父は、笑いが好きだが、この残酷の笑いは大嫌いだ。辻さんは弱者の味方だ。どんなに笑い飛ばしていても残酷の笑いは嫌いで、常にヒューマニズムを根底にしておられたのを、父は尊敬していた。

また、話がとっ散らかってしまい、申し訳ない。
今日の話題は、ここまで。
では、また。

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拡散希望!!【父と《うしおそうじ》さんとの繋がり】のはなし

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こんばんは。
このところ、父の関係でバタバタとアクアラインを頻繁に往復しております。
千葉県側にひとつの入口である、木更津金田IC近くにオープンした三井アウトレットパーク?が大変賑やかになっております。千葉県側が活性化するのは良いのですが、その施設周辺とアクアラインが大変な渋滞を引き起こしております。土日の夕方など、アクアラインが10km渋滞などと表示され、高速道路の意味が成さない状態であります。当然、『海ほたる』は満車続きで、トイレにも行く事が出来ません。こちらにお越しの際は、アクアラインを通る高速バスを利用なさるのも得策です。東京から1時間かかりませんから。また、追突事故なども散見されます。楽しい休日を台無しにせぬように、お気をつけて、お出かけください。

今日の話題は【父と《うしおそうじ》さんとの繋がり】のはなしです。

先日、ブログ記事で【変身忍者 嵐と快傑ライオン丸とウルトラマンA】の反響に驚いております。
その“快傑ライオン丸”を制作したピープロの元代表、故鷲巣富雄氏(2004年3月28日没、享年83歳)が漫画家《うしおそうじ》さんである。その事実は、有名な話であるが、何故漫画家としても活躍するに至ったのか、父のメモがあった。

故鷲巣富雄氏は、何しろ、東宝教育映画部で円谷英二氏を助けて、東宝特撮の基礎を築いた人であるのだ。円谷英二氏の特撮技術に加えて故鷲巣富雄氏も特撮技術の他に、自身アニメの技術を持っていたのだ。
しかし、この東宝教育映画部制作のアニメ映画が随分あったことは知る人が少ない。そういう鷲巣さんが故手塚治虫先生をしのぐ売れっ子漫画家《うしおそうじ》先生であることを知っている人は多いが、アニメ技術者であり、特撮技師であった鷲巣さんが、どうして漫画家になったのか、そのルーツを知る人は少ないのだ。

1945年8月15日に日本が無条件降伏をして太平洋戦争は終わった。占領軍としてアメリカ軍が占領して、我が敗戦国民は朝から晩までオドオドと占領軍のご機嫌を伺って暮らしていた。米国人の国民性だろうか陽気で気さくな彼等は意外におとなしかったが、しかしながら何といっても占領軍である。ご機嫌をそこねたら、何をされるか判らないのだ。

1948年、私は(平山亨)、まだ、旧制成蹊高等学校の学生だったが、鷲巣さんたちの東宝砧撮影所では労働組合と会社の団体交渉が拗れてストライキになり、撮影所に立てこもった鷲巣さんたち組合員を排除しようと武装警官2千人に米軍の戦車まで出動して「東宝争議」は歴史的大騒動になった。長引く労使対立、賃金カットに対応して組合員それぞれが得意技で生活費を稼ぐことになり、絵の描ける鷲巣さんは漫画を描いて雑誌社に持ち込んだら、これが大ヒットになったという偶然。鷲巣さんは《うしおそうじ》として手塚治虫さんを凌ぐほどの漫画家になってしまったのだ。

こうやって、特撮技師でありアニメ技術者であり、映画制作会社ピープロの社長経営者であり、売れっ子漫画家《うしおそうじ》である鷲巣富雄さんが誕生したのだ。

父の大先輩である、多彩な名人達人としてお互いにテレビ業界で競い合っていたのだ。

父は、現役を退いてからいろいろなことを息子に教えてくれる。
父自身は、物語を作り上げる文芸面では、自他共に認める才能を発揮するのだが、本来のプロデューサーの仕事である予算の事やキャスティング等など、父を助けてくれる存在が居たからこそ、あれだけの本数の番組を世に送り出すことが出来たのだ。
【伝説のイベント】で、もう笑い話で済ませてくださる、阿部征司プロデューサーなどが『もう、平山さんが「じゃ、よろしく」っていなくなっちゃうんだもん』と仰るし、穴があったら隠れたかった。しかも、忙しい父を捕まえるのにスタッフは大変苦心されたとか。自宅にも、度々父の所在を尋ねる電話もあったが、自宅から出たら最後、何処で何をしていつご帰還するかなど、一切言わない父に、家族はこれが当たり前という感覚になっていった。

父に、社会人になる進路を真面目に相談した時も、父と同じ仕事を選択することに「決して肯定する事のない返事」しかしなかった。
今となっては、家族を犠牲にするかもしれないこの業界で同じ道を歩ませる事が父としては賛成できかねる事だったかもしれない。昨年に緊急入院から、父の世話をしながら代理として様々な方にお会いするうちに、「ああ、父に反対されても同じ道を歩んでおけば」と悔やむ事しきりである。

かわりに、父が私に勧めたのは「法律」を学べ、ということだった。
父が、最近口を開いたのだが、あるとき何方か法律の専門家だという人に「平山さん、こんな事も知らないで良くここまで生きてこれましたね」とズバリ云われたという。
「法律は、社会的には知っていて当然という部分もあり」父は、自分と同じ辱めを受けさせない為に、「法律」という事に拘ったのだ。しかし、諸事情もあり当面、公称無職ということでお願いします(笑)

また、話が脱線して申し訳ない。
今日の話題は、ここまで。
では、また。

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拡散希望!!【知らないことが続々と】のはなし

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こんにちは。
今朝のスーパーヒーロータイム、堪能させていただきました。
『特命戦隊ゴーバスターズ』は、新キャラクター登場での展開でこれからのストーリーが楽しくなる予感がします。
『仮面ライダーフォーゼ』は、いいですねえ。土砂降りの中で弦ちゃんと悪役との対峙するカット。トレードマークのリーゼントが雨で崩れ、違う表情が見えます。主役の弦ちゃんが写真集を発売したのですが、人気上昇中で増刷が決定したとか。彼のブログの内容はあっさりとして短いのだけど、彼とそのスタッフも一生懸命情報を伝えようとしている姿勢が見られます。気になるファンは、このブログ左側のリンク集から飛べます。是非、応援してあげてください。

今日の話題は【知らない事が続々と】のはなしです。

報告です。『悪魔くん』の資料が、不完全ながら返還されました。ありがたいことです。父の意向に沿って、返還されたのですからその経緯については不問とさせていただきました。
父が昨年入院を繰り返し、息子の私に「貸出した資料」を心配して云うのです。
「僕の目が黒いうちに、なんとか資料を返還してもらうように動いてくれ」

父に理由を聞くと
「僕が借主を全面的に信用して貸出した。当然、返還されるものと信じていた。でもな、連絡すらとれない人も多いのだよ。お前には、負担をかけるかもしれないが動いてみてくれ。このままだと、資料は執筆の資料や研究の為ではない使い方をされる。お前なら、判るはずだ。その資料はその人物の手元にある限り、オモテにだせないものになってしまう。こんな想像をしてはいけないのだが、相続する人がファンである確証はない。最悪のケースは廃棄される。それは、避けなければならないんだ」

父にとっては、我が子にような『番組』であり、その資料なのだ。

父を良く知る関係者からこんな話も聞いた。
有名な@@@らけなどには、連番のシナリオがオークションで出品されている。当然、@@@らけには、古物の法律に沿って取引の仲介をしているだけなのだが、そのシナリオ集の出所を確認する術がないのだ。全て自己申告。元々、盗品であっても出品者自身が盗品であることを知ることがなければスルーされるのだ。

また、Twitterで大事なフォロワーさんからこんな情報も。
ウルトラマンで有名な『実相寺監督も被害に遭われた。《資料の散逸を防ぐため》と云いながら、資料とともにその輩もドロンした』というもの。

未来永劫、全ての資料が完璧な形で残せるものなら素晴らしい事だけど、現実はそんなに甘くない。

借りたものは、どんな理由があろうとも貸主に返還しようよ。これが一般常識さ。

父は、自分で動くと騒ぎになる事を心配して、借主の誠実な部分を信用してお待ちしていました。
もう、父は83歳を越えました。「僕の目が黒いうちに」という気持ちを察してください。

それと、もっとビックリすることが。大・中・小の出版社でも!!
父は、著作権という認識が非常にゆるい時代から、素晴らしい記事にしてもらう為に好意的に資料を貸しておりました。息子の私が、出版社がどのような組織で、責任の所在が何処にあるのか知りません。いろいろな方が出入りしているということしか知りません。

その貸出した資料も、返還されません。
会社ですから、お辞めになることもあるでしょう。異動することもあるでしょう。
父が過去に返してくれませんか?という事を云ったというのだ。
「その資料が、行方不明」というのです。

もしかしたら、編集上、手元にあったほうが便利だと言う事で、担当者レベルで引き出しにしまっているという噂も聞きます。

残念でなりません。
関係者がこのブログお読みでしたら、父の貸した資料がまだ、会社や事務所内にあるなら返還してくださいね。

『仮面ライダー』は昨年、放映から40周年を迎えました。
今年は、『人造人間キカイダー』が40周年になります。
さらに、『ジャイアント・ロボ』は45周年になります。

善意あるファンも、大好きな番組を忘れ去られないようにしましょうと、一緒に動いてくれています。

息子が最近、でしゃばっている事を快く思っていない輩からTwitterで罵倒されることもあります。
父が車椅子生活で自由に行動できない上に、父が表立って動くと大騒ぎになるからの代理行為です。
私は、いくら罵倒されてもかまいませんが、父を揶揄する発言には黙っていませんよ?

行方不明のシナリオ(ほとんど連番もの)をお知らせします。
『仮面の忍者 赤影』
『ジャイアント・ロボ』
『秘密戦隊ゴレンジャー』
『人造人間キカイダー』等

『キカイダー』に関しては、個人名は敢えて伏せますが《女性ファン》です。
あれだけの分量のシナリオです。お手元にあります、または、あの人が持っているという情報をお寄せください。父は、返還されれば良しとしています。つまり、それまでの不義理については責任を問うことがないと言うことです。お願いです、返還してください。
繰り返し、申し上げます。
父は、83歳を越えました。「僕の目が黒いうちに」という気持ちを察してください。

今日の話題は、ここまで。
【知らない事が続々と】=番組の逸話でなくてごめんなさい。
では、また。

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拡散希望!!【準備稿というものをご存知ですか?】のはなし

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水木 しげる

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こんにちは。
昨夜は、Twitterでぼやき節を発言して、聞き苦しいところがあり申し訳ない。どうも、イライラの種が発芽すると収まるまでに相当の時間が掛かってしまいます。性格的なものと、ストレス解消が下手糞なところが原因だと思います。

さて、今日の話題は【準備稿というものをご存知ですか?】のはなしです。

父がプロデュースした番組の台本(脚本)をパンチで穴を開けて、順番に綴じていくのが私のお手伝いでした。台本のページ数からすれば、相当な厚さになりますからスクリュー式の一穴のものを一生懸命力を入れて穴あけをしてました。まだ、そのスクリュー式パンチは大事に保存しています。

劇場映画でも、テレビ映画でも台本があって、初めてそれぞれの仕事がスタートします。
監督が実際に撮影する「決定稿」の前に「準備稿」というものがありました。父が関係した番組以外でも、同じような「準備稿」があったのかは私は知りません。
では、何故「準備稿」というものが必要だったのか、その辺のお話をしましょう。

父がテレビ部プロデューサーとして、最初に手掛けたのはご存知「悪魔くん」です。別に、今日の記事に「悪魔くん」をチョイスしたのは特別な意味はありません。(笑)

この番組を制作しているときに、この「準備稿」の必要性を父は考え付いたのです。
父は、この「悪魔くん 貸本版」が大好きで、当時NETに在籍していた宮崎慎一さん(父と同期生です)に相談して、そこから講談社の当時の名物編集長の内田勝編集長と会うチャンスが訪れた。
父が好きだという「悪魔くん 貸本版」を内田編集長は「この面白さがわかるの?」ということから番組制作へ繋がっていくのです。

当時の父は、テレビ番組をどのようにつくるかなんて、手探りの状態でした。当時のスタッフは劇場用映画しかつくったことが無い人ばかりでした。何がどのくらい費用がっかって云々などと考える制作部にひとも映画式の作り方に沿って仕事をしていました。

「悪魔くん」の26話2クールの期間も半ば過ぎたところで、やっと各セクションから領収書が集計されてY所次長からカミナリが落ちたのです。

「ヒ・ラ・ヤ・マ・くーん!!君は東映東京制作所を潰す気か!!」

番組の発注先でありテレビ局からいただく受注額の3倍を超えてしまったのです。

父は、太秦の助監督育ちで太秦の予算管理は進行さんがしていたのだ。エキストラがナンボの、小物がナンボなんてやったことがないので途方に暮れたというのだ。

父を叱る役のY所次長さんも、昔は太秦で今井正監督の大傑作を次々と作った大プロデューサーであったのでした。その大傑作を、やはり予算オーバーして、その予算追加を要請して大騒ぎを演じた張本人なのでありました。そのことを、思い出して笑ってしまった父。

そのYさんと父のおおよその会話を教えてくれた。
「ヒラヤマくーん。君はいつも笑ってごまかす。プロデューサーというのは、会社を騙して金を出させる奴なんだが、3倍とはいくらなんでも多すぎるぞ」
「ごまかすなんて、そんな。どうしていいのか判らないから途方に暮れるしかないんです」
「途方に暮れるなんて訳の判らないことえお云って、済むと思うなよ」
「実際どうしたら予算に合わせられるか教えてくれたらその通りにしますよ。どうしたらいいのか判らないのです。お願いだから、教えてください」


父は、「準備稿」というものを考え出した。それを各セクションに配り、それぞれの責任においてチェックしてもらって、その意見をもとに直して各部納得行く台本にすれば、予算オーバーもなくなるはずだと考えたのでした。

それまでは、生原稿を回し読みするスタイルでした。参加できるスタッフは、局プロと監督とプロデューサーくらいであり、意見を出し合って台本(脚本)の直しをお願いしていたのでした。

今日の話題は、ここまで。
では、また。

余談
最近、都心部に出没することが多くなってきました。
今日は、午後から渋谷の賑やかな場所へ出撃です。
もう、数年も渋谷の街に出撃していないので不安感がいっぱいです。
もう、おっさんですから。

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父、平山亨は、2013年7月31日23時24分心不全により他界いたしました。

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