2013-05

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拡散【故阿部征司さんを偲ぶ会 発起人平山亨のコメント】

昨日、中野サンプラザにおいて故 阿部征司さんを偲ぶ会が行われました。

1号さんが仕事の合間にマネージャーさん2人を従い会場入りし、献杯のご発声。

故 阿部征司さんのお写真のご紹介&経歴紹介に続き

発起人である父の代理としてご挨拶させていただきました。

とは云え、息子ごときの拙い言葉での挨拶より父の朴訥としたコメントを披露させていただきました。

以下、コメントになります。

あべちゃん、駄目だよ。順番が違うじゃないか。僕は昭和4年生まれ、君は昭和12年生まれ。8つも若いじゃないか。

あべちゃんと僕が共同プロデューサーとして組めたことは、本当に幸せでした。中々視聴率が上がらず苦労した時も、絶好調な時も一緒に戦ってくれた大切な我が陣営のひとりでした。

君は僕の不足しているところを、たくさん補ってくれたよね。まさに『仮面ライダー』という番組は、あべちゃんが居なかったらあそこまで続けることができなかった。
誰かが云った言葉を噂で聞いた。
「平山は、プロデューサーとしての本来の仕事をしていない。」って。当たってるかもしれないと思った。あべちゃんが居てくれたから、僕は文芸の部分へ注力することが出来たんだよ。

僕は、呼ばれるがままいろんなところで散々お喋りしてきたけれど、あべちゃんも僕に遠慮しないで、もっと『仮面ライダー』の話をすればよかったのに。僕が知らないエピソードもあったろうにね。

僕は子どもが大好きで子ども番組を数多く世に出してきたけれど、あべちゃんは大人向けの「特捜最前線」や「暴れん坊将軍」も世に出したよね。すごいことだよ。誰もが、あべちゃんの番組が記憶に残るんだから。

人間はね、いつかはお迎えがくる。これは抗うことができないんだ。入院していて同じ部屋の患者が亡くなるのをみて、そう思う。
でも、プロデューサーという人間の想いというものは僕等がつくってきた番組には残るんだ。プロデューサーというのは、幸せな職業かもしれないね。

一昨年に亡くなった内田有作が唱えた「千年王国をつくろう。」という想いは、まだ道半ばだよ。作り手側が「千年王国をつくろう。」という気持ちを失うことがない限り、そしてテレビの前で待っていてくれる子ども達を意識しながら番組をつくろうという強い意思がある限り、僕等の熱い想いは伝え続けてくれると思う。
本当にいままで有難う。 安らかにお眠りください。阿部征司君。

平成25年5月26日   
                                  平山 亨

ここまでになります。

この文章は、1日では仕上がりませんでした。
阿部さんがお亡くなりなってから、会を開くであろう、そうで無くともご遺族にオヤジの気持ちを伝えるべきと考え、面会のたびに口述筆記を重ね、推敲を重ねた結果です。

お伝えできたことで、少しだけホッとしています。

今日の話題はここまで。
では、また。




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テーマ:仮面ライダー - ジャンル:テレビ・ラジオ

自伝奮闘記【泣き虫プロデューサーの遺言状】 タイトルの話



こんにちは。目が真っ赤なので度付きサングラス掛けています。

今日は、昨年11月に講談社から出版させていただいた自伝奮闘記【泣き虫プロデューサーの遺言状】のタイトルの話です。


TwitterでUPしましたが、漫画家 村枝賢一先生が丁寧に描いていただいた色紙にオヤジの顔と『泣き虫プロデューサー 平山亨さま』とあります。

それを見ながら

「すっかり、泣き虫プロデューサーが代名詞になったなぁ。」と云います。

でも、その表情は笑顔です。嬉しいのでしょう。


あの自伝奮闘記のタイトル、案はいくつかありました。

「サラリーマンプロデューサー・・・」という案も。

何処かで話しましたが、私自身、サラリーマンはどうしてもネガティブな響きを感じており

最後になるであろう出版をする上で、病室に資料を持ち込み

オヤジがタイトル、表紙のデザイン、写真を決めました。

オヤジの背中を見て育った私は、いつも家にはいない正確には、息子どもとの生活サイクルと合わない行動

でした。父の寝息、いや、イビキが爆撃機のような音が襖の向うからすると「帰ってきているんだ」と安心し

ていました。

今は、2011年4月の緊急入院時から20kg痩せました。驚くほど静かな寝息です。

時には顔に近づいて、ちゃんと呼吸しているか確認する時もあるほどです。

どうしても、サラリーマンという言葉の響きに、9時‐17時就業 時には命令で残業も、という職業。

私もかつて、サラリーマンをしていましたからそんな生易しいことでは無いのは理解しています。

オヤジの業界でも、打合せの時に「もう時間ですから帰らせてもらいます。」という人がいてフォローに困ったという事を聞いたことがあります。

オヤジは好きな仕事をさせてもらっているのだからという考え方だったのでしょう。

私達家族の前では「疲れた。」という言葉を吐いたことがありません。

疲れないことなんてありません。

家族には、「少しだけね」と笑顔で云い襖の向うから大音量のイビキが聞こえると、子どもながら「疲れているんだよね、そっとしておこう」なんて会話してました。

入院してからオヤジからこんな話がありました。

「寂しい思いをさせてすまなかったな。」

「そんなことないよ。」

「僕が負けじ嫌いなのは知っているだろう?」

「オヤジが元気に仕事して、スタッフロールにオヤジの名前がでるのが自慢だったよ。」

「そうか・・・」

テレビの前で大好きなヒーローが活躍するのを、待っている子ども達のために働きつづけた。

そんなオヤジの自伝奮闘記【泣き虫プロデューサーの遺言状】タイトルが『泣き虫』で良かった。


なんだかグチャグチャな文章になりました。ごめんなさいね。

今日の話題はここまで。
ではまた。

先生のイラストUPしたいけど、何故か上手にできません(汗




テーマ:特撮ヒーロー - ジャンル:テレビ・ラジオ

オヤジとの会話と 俳優 伴大介さんの舞台告知

伴さん舞台


昨日、オヤジへの面会帰りに俳優 伴大介さんのお誕生日会へほんの少しお邪魔してきました。

もっと早く会場へ駆けつけたかったのですが、病院から出発するのが遅れてしまいました。

それは、搾り出すような小さな声で私と会話してました。

疲れているのかずっと眠っていました。このところ、そんな状態が多いのです。

2年前の緊急入院から20kg痩せました。また、点滴投与が続いていますからさらに痩せたように感じます。

布団の隙間からみえる脚などは、もう棒のようです。

そんなオヤジですが、痰吸入ビン交換時に目が覚めました。

薄目を開けたオヤジに見えるように差し出し「次男坊がきてるぞ!」大き目の声で呼びかけます。

認識したようです。唇が動きました。

また、うつらうつらしてきます。

お見舞い客がお見えになっても、会話が途切れるとそんな状態です。

また、薄目を開けてきました。

「今日は、ファンのみなさんが俳優 伴大介さんの誕生日をお祝いしてくださるようだよ。」

「ちょっと顔出して、挨拶してくる。」

オヤジは小さな小さな声で

「いつだ?」

「今日の夕方だよ。」

「何処で?」

「@@@でね。」


もう皺くちゃな痩せた手を一生懸命に挙げて、いつもの「よろしく」というサインを出します。

「分かった。伴さんやファンのみなさんにオヤジは大丈夫、と伝えるよ。」

今度は火曜日だよ。と手を振って病室を出ます。

いつもの事ですが、オヤジの病室を出た後は

『辛い気持ち』と

『オヤジという、もの凄い存在を支えなければならないプレッシャー』に

押し潰されるような気持ち
がこみ上げてきます。


話題を変えて

先日も別の媒体でお知らせしました。

来る5月22日から幕開けとなります 俳優 伴大介さん出演の舞台のお知らせです。

詳しくは、此方からご確認ください。http://wakanado.wordpress.com/

場所は、東京銀座というアクセスが良い劇場です。

では、みなさん劇場でお会いしましょう。

今日の話題はここまで。
では、また。

テーマ:特撮ヒーロー - ジャンル:テレビ・ラジオ

平山亨の初監督映画シナリオの秘密

写真 (1)

オヤジ殿の初監督映画台本です。(画像が横になってごめんね)

幾度の引越しがあっても、この台本を含め大事に保管しているものが数冊あります。

昨年11月に講談社から出版させていただいた

【泣き虫プロデューサーの遺言状】

のカバーに掲載させていただきました。

その表紙裏の余白の所狭しとオヤジ殿の悪筆が踊っています。

今日は、その文章を公開します。

映像で語れ。
悲しい場面は悲しい構図
楽しい場面は楽しい構図
スリラーはスリラーの構図

上げるために下げる

何かアングルのキッカケを探せ

不必要なカットをしてはいけない
意味のないカットはいけない

ふんいきを出すこと
生活をだすこと

象徴を忘れるな

早口にしゃべる

気持ちでカットをきめ、アクションをきめろ

とにかくやってみること
アドリブをいかせ

全体を通じて何を描くか
そのためにはこのシーンで何を描くか
そのためにはこのカットで何を描くか

カメラを動かすより、人を動かすこと

ことのはじまりから、ことのおわりまではいけない
途中から途中までで、次へ飛ぶこと

常に全体のバランスを考えろ

シーンにその意味を書いておいて演技者に説明すること

カットつなぎによる面白さも忘れてはいけない




オヤジ殿の走り書きは、ここまでです。

シナリオ本文中にも走り書きはたくさんあります。それは、私だけの宝物にさせてください。

台本作成日 38.7.24 製作本読 38.7.26 仕上 2380メートルとあります。

この映画は、オヤジ殿が長い助監督時代に130数本以上の映画に携わり現場で吸収したものを形にする場だったと思います。

なかでも、オヤジ殿の仲人でもある故松田定次監督から学んだことは多いと聞きます。

直接、言葉で教えをいただくことよりもあの撮り方をすれば結果このような映画が出来上がるんだという現場での蓄積でしょう。

日本映画盛衰を身をもって体験、学び、そしてヒーロー番組でもその蓄積したモノでつくりだす。

いやはや、すごい人です。平山亨という人間は。

ブログをお読みの方々、映画、映像関係者には是非、オヤジ殿の走り書きを読んでいただきたいので拡散のほどお願い申し上げます。

今日の話題はここまで。
では、また。

追記
この映画を監督したのは、50年前の34歳の時。
いまだったら、違う走り書きになるかもしれません。



テーマ:邦画 - ジャンル:映画

友情のバロムクロス!!あの俳優さんがお見舞いに。



お約束どおり、記事更新します。

本来であれば、土曜日はオヤジへの面会日なのですが

昨日、超人バロム1の主役 白鳥健太郎役の高野浩幸さんが、多忙のところ駆けつけてくれました。

漫画家 さいとう たかをさん原作の 超人バロム1もオヤジ殿の思いいれのある番組です。

実写化された番組のキャストを思い出すと、

ドルゲ役の声を創意工夫してくれた声優界の大御所 飯塚昭三さん。

サソリ道人には、故 天本英世さん。

ドルゲピエロには、故 潮健児さん。

超人バロム1の中身には、大野剣友会所属であった 中屋敷哲也さん、現在では代表の岡田勝さん、背中で演じる 故 中村文弥さん。

新聞記者役には、水木一郎さん
も出演しています。

高野さんがお見えになる前、オヤジ殿の様子を病室まで見に行くと案の定、寝ています。

軽くゆすり起こすと、認識してくれました。

「これから、バロム1の高野さんがお見えになるよ!」

軽く頷いて、返事がありました。

ロビーまでお迎えにあがり、病室までご案内。

ベッド際で高野さんは身を乗り出してオヤジに聞こえるように話しかけます。

(中略)

最近、お見舞い客と握手してもらう事にしています。

高野さんはオヤジの痩せた手を握り「また来ますよ!」

そして、「友情のバロムクロス」を高野さんはオヤジ殿としてくれたのです。

面会中、オヤジ殿は声を絞り出すようにしていましたが終始、ご機嫌なようす。

やはり、いつもは次男坊しか来ない病室にひとりはつまらないのでしょう。

そんな病室のひとこまでした。

今日の話題は、ここまで。
では、また。




テーマ:特撮ヒーロー - ジャンル:テレビ・ラジオ

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プロフィール

次男坊

Author:次男坊
【泣き虫プロデューサーの遺言状】講談社より好評発売中。
父、平山亨は、2013年7月31日23時24分心不全により他界いたしました。

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