2017-07

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大野剣友会と故内田有作さんと平山亨の出会い

おはようございます。
昨夜の記事をUP出来なかった分、朝の記事に気合を入れました。

さて、今朝の話題は【大野剣友会と故内田有作さんと平山亨の出会い】のはなしです。

大野剣友会の創設者である 故大野幸太郎さんが如何にして創設まで至ったかの話は有名ですよね。
まだ、チャンバラ映画が全盛期からやや陰ってきたの頃、故大野幸太郎さんが殺陣師 大内龍生さんに弟子入りを申し出た時の話。弟子入りした故大野幸太郎さんに、大内先生は「これから銀幕は斜陽の時代になりテレビ映画の時代になる。」故大野幸太郎さんは「やりたいものは、やりたいのです」と食い下がった。
そこで、大内先生は故大野幸太郎さんに木刀を持たせ構えてみなさいと云った。
剣の達人は、故大野幸太郎さんの非凡なものをこの時点で見抜いていたのでした。

その後、映画撮影において斬られ役が「絵になる!」と云う評判になり、大内先生のことの「大野幸太郎」という名前が知れ渡っていたのでした。
現在で云う、「スタントマン」的な役もやるようになり、誰もが無理だろう思うような事をやって見せて「剣友会に大野あり」とまで云われるような評価を得、「殺陣のカリスマ」としての名が流れるようになった。
大内龍生先生から「大内剣友会」を継ぐ気はないか?と問われるが、故大野幸太郎は、殺陣師をつくる殺陣師になりたい。と云って大内先生から「大野剣友会」としての旗揚げを後押しされたのだった。

故大野幸太郎を慕って数名の弟子ができたが、「大野剣友会」設立当初の映画撮影は、散々な結果になってしまった。
そのときの故大野幸太郎さんが、弟子に掛けた言葉が胸に響きます。

今日はいい日だ。

この悔しさを忘れるな。

今まで殺陣の総本山は京都太秦にありと云われてきた。

だが、これからこの関東には、お前たち「大野剣友会」がいるということを教えてやれ!

お前達ならできる!



それから数ヵ月後、みちがえるような殺陣を撮影でおこない
当時、東映東京製作所管理課長兼制作課長であった 故内田有作さんの目に止まったのだ。

翌年、父が企画したスポ根ドラマ『柔道一直線』の殺陣を依頼したのだった。
故大野幸太郎さんは、あの手の番組は若い者でなければいけないと判断し、当時26歳という若き高橋一俊さんが、殺陣師として活躍したのだった。その、仕事振りが評価され、「大野剣友会」に新しい仕事を依頼するという事になったのである。

それが、『仮面ライダー』なのでした。


今日、父=平山亨と交わしてきた会話で、大野剣友会と当時のJAC(ジャパンアクションクラブ)の違いを聞いてきた。
父は、京都太秦撮影所の助監督上がりだから、「見栄の切り方」「間の取り方」がプロデューサーの思惑通りの殺陣が現代の子ども番組でも通用すると感じていたのだそうだ。それは、『柔道一直線』で平山亨の意図を大野剣友会は感じ取ってくれていた。監督の指示待ちではなく、積極的にアイデアを考えてくれて実に頼もしい存在だったのだと。仮面ライダーもそうだった。まさしくどのようにしたら画面が映えるモノになるか。
大変予算が厳しい中での番組制作だったので、武器を使って光線をだそうものなら、たちまち予算がキュウキュとなってしまう。パンチとキックのみの技だったのは理由があったのだ。それでも、「大野剣友会」は自らの体を張ったアクションを演じてくれたお陰で、あれだけの迫力のある絵が撮れたんだよと。

『秘密戦隊ゴレンジャー』の後半からJACに変わったのだけれど(変わった理由はまたいつの日か)父、平山亨のイメージと違っていたのだ。カラダのキレもある。動きもスピード感がある。何かがものたりない。やはり、「間の取り方」と「見栄の切り方」が無いのであった。父は、何度も何度も言って聞かせたのだが出来ないんだ。と寂しそうに今日は話してくれました。

だから、映画MEGA MAXのDVDが発売になったら、是非とも父に観てもらって感想を聞きたいんだ。正直なところをね。息子の目にはマジ面白かった。監督の坂本浩一さんの話をしたら目を輝かせて聞いてくれたけど。また、その感想は後日お知らせしますね。

この記事はこのへんで。

では、また。

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【泣き虫プロデューサーの遺言状】講談社より好評発売中。
父、平山亨は、2013年7月31日23時24分心不全により他界いたしました。

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