2017-05

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父と故奥中惇夫監督との繋がり

こんにちは。風邪は悪化せずに済みそうです。
昨年7月より、『仮面ライダー』関係の書籍を多数購読しています。断片的な記事を頭の中で繋ぎ合わせていく作業が大変興味深く楽しい作業になっています。

父の著作『仮面ライダー名人伝』(風塵社)で故奥中惇夫監督を書いてましたので、ご紹介します。

《仮面ライダー名人伝》115頁より
彼は東大美学の同級生だ。
もっとも東大の同級生と言っても、私は浪人体験者で旧制私立成蹊高校からの新制東大だが、彼は何と憧れの旧制一高から新制東大とできが違うのだ。
彼は新東宝に入り私は東映だったがそれが十数年、私が監督の足を洗って東京に戻りテレビプロデューサーとなったある日、大泉撮影所で助監督している彼に会った。
「どうなってるの?」
考えてみれば、新東宝は不況で無くなっていたのだ。
苦労したんだなぁ。
でも、これから一緒に仕事が出来る。あの有名な早撮りヒットメーカー大監督 渡辺邦男門下で学んだ徹底したヒロイズム演出は、私の作品群の戦力になってくれた。
先日、彼と話して気づいたことだが、なまけものの私があまりサボっていたために教室で顔を合わせたことがない。卒業の頃になっても同じく映画を志すということで意識し出したが、結局そのまま。彼は四年制28年度卒業して新東宝に入り、私はまだ就職が決まらなかったので卒論をひっこめて一年留年。つまり五年かかって翌29年度に卒業して東映に入った。



故奥中惇夫監督の著書『仮面ライダーがエントツの上に立った日』を再読しています。
監督が関わった作品の中で、監督を中心にスタッフの大変さを物語っています。

この本の中で、父と石ノ森章太郎先生と故奥中惇夫監督は一緒に写っている写真が数点ありました。
父は、凄く良い笑顔で写っています。

父は1960年代からずっと『子ども番組』をつくり続けてきました。
原作の「水木しげる先生」「横山光輝先生」「さいとうたかを先生」「石ノ森章太郎先生」
脚本家のみなさま。
主演していただいた、俳優のみなさま。
今では《スーツアクター》と呼ばれるようになった殺陣師のみなさま。
優秀な監督をはじめとするスタッフ陣。
書籍関係のみなさま。
そして「石森プロ」のみなさま。
全て方の総力戦です。

父の力だけでは到底なしえなかった、愛すべき番組。
子ども番組を愛するFanのみなさんには是非とも『仮面ライダーがエントツの上に立った日』を購読いただき、もっともっと子ども番組を好きになっていただきたい。
そして、子どもたちが将来、『子ども番組』つくる側になりたいと望んでくれることを願います。

では、また。

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テーマ:仮面ライダー - ジャンル:テレビ・ラジオ

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煙突の上のヒーロー

煙突の上のヒーロー、として思い出されるのが、超人バロム1や仮面ライダー
煙突や給水塔での決めポーズを思い出します。今のヒーローの決めポーズを引き立てられる場所が段々少なくなってきているのが等身大ヒーローの悲しい所かもしれませんね。人数も3〜5人と大勢ですし、平成ライダーでは、響鬼が山の上でポーズしていたのが印象的かな。仮面ライダーは、矢張りロンリーなヒーローだったのかも知れませんね。

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