2017-05

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【仮面ライダーV3のあの有名なシーン】のはなし

こんばんは。
昨夜は、スッキリしましたー!新宿ロフトへ行って、大事なフォロワーさんのライヴを「視聴」してきましたよ。あの細いカラダで、凄いという表現しかないですね。気になる方は、《太平洋不知火楽団》の大内くんという「イケメン」ベーシストです。ググってくださいね。息子の私も、ベースの音が好きで「触って」いましたが、当時プロのベーシストの師匠は、面白い事言ってました。バンドの作曲は、ベーシストが作曲する事が多い。その2、バンドの中で、ベーシストが一番もてる!!と豪語してました。ほんとかも知れません。

さて、今日の話題は【仮面ライダーV3の有名なシーン】のはなしです。

先日の記事で、残念なお話をしましたが故奥中惇夫監督が書いた、『仮面ライダーがエントツの上に立った日』という本をご紹介しましたが、その当時の話です。

父の見舞い時にこんな会話をしました。
「奥中監督が、仮面ライダーV3をエントツの上の姿撮ったでしょ?あれ、オヤジの発想かな?」
父は、しばらく考え
「いや、違うな。あれは、奥中監督じゃないかな?」

有名なシーンの絵を考えたのは、間違いなく故奥中惇夫監督でした。

故奥中惇夫監督の著書の一部を抜粋してご紹介します。
(掲載にあたり、故奥中惇夫監督のご長男に承諾を得ております)

以下抜粋
私はロケハンの時から、V3をどこに立たせるか悩んでいた。渡り廊下の屋根の上ではぱっとしない。煙突が目に入ったが、まさか、高すぎて無理だとあきらめていた。ロケの日になっても、まだ迷っていた。何度見廻しても良い場所がない。煙突だけが視線の端にひっかかる。気になってしかたがない。ついに意を決して、殺陣師の高橋一俊(「カズトシ」と読むのだろうが、我々は「イッシュン」と呼んでいた。)に相談した。彼とは『柔道一直線』でずっと一緒だったから、遠慮がなかった。それでも、この時ばかりはやや遠慮気味に言った。

「あの煙突の上に立てないだろうか」

一俊は一瞬考えた。
そして決然として言った。

「立たせましょう」

V3に扮していたのは大野剣友会の中屋敷鉄也。大野剣友会では、殺陣師の命令は絶対だ。一俊の命令を受けて煙突の外についている鉄の階段を命綱なしに黙々と上がっていく。その後を仮面を持って同じ剣友会の中村文弥が続く。仮面をかぶったまま煙突をかぶったまま煙突を上るのは視野が狭くて危ないからだ。その時、中屋敷は〈監督!俺を殺す気か!〉と思ったと後で言っていたそうだ。一俊は〈もし落ちたら俺も死ぬ〉と覚悟を決めていたという。・・・

以上抜粋。


ある資料では、煙突の上に立った中屋敷さんの足首を、中村文弥さんが必死に押さえていたというが、本当のところは不明です。

あの頃は、監督も、当時で言う《中の人》も、大野剣友会のみなさんも、かっこいい絵を撮りたい!かっこいい姿を子ども達に見せたい!という心意気が伝わる文章です。
当然、何かあれば殺陣師の責任だけでは済むはずもありません。
番組の責任は、最終的に父、平山亨が負うことになります。

当時のことを聞くと
「もう、毎日がひやひやとしていたよ」と言った。
でも、父は懐かしそうに
「仕事したいなあ。」と、つぶやきます。
何年経っても、現役を遥か昔に退いても気持ちは現役そのものです。

子ども達が憧れる《ヒーロー》をつくる。そして、人として正しい道は、何なのか?それは、父が伝えたかったことです。時代は変わり、正義の定義が揺らいではいますが、今でも『勧善懲悪』のヒーローを望む人がまだまだたくさんいてくれる事が、Twitterで知りました。息子はそれがとても嬉しかった。

ヒーローが、何のために闘うのか?
「人類の平和と自由のため」
これが、いいじゃないですか!!

“人類の平和と自由って何よ?”と、異論を唱える人は多いかもしれませんがね。

子どもが出来るだけわかりやすいのがGoodなんだけどね。

『仮面ライダー』を1971年当初またはそれに近い頃から観てきた人が大人になって
自分の子ども達にきちんと教えることができてますか?

そんな話がしたくて今回のはなしになりました。

では、また。

追記
今回の故奥中惇夫監督の本のご紹介を快諾していいただいた、ご長男に改めて感謝申し上げます。

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