2017-09

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拡散希望!!【仮面ライダーのプロデューサーとしての仕事】のはなし

こんばんは。
今日は、“春の嵐”が吹き荒れていますね。近隣の大看板が支柱の根元から折れて倒れてました。仲間からの連絡もまばらで、めずらしく秘密基地で原稿を前にうーーーんと唸っております。唸ったところで、あれこれ考えてしまう息子でありました。

さて、今日の話題は【仮面ライダーのプロデューサーの仕事】のはなしです。
父、平山亨の仕事は番組全般の舵取りなのですが、その一つに番組づくりをする上で、仕事を発注してくれた放送局との折衝もまた、父の仕事でした。
父が、きちんとネクタイを締めてスーツを着て出かける用意をすると、子どもだった私にも「ああ、お偉いさんに会う日なんだな」と父の後姿をみていました。

息子が何度も読み返している「仮面ライダーをつくった男たち1971-2011」で毎日放送さんの方々が登場します。
中でも、父が一番印象的だったのは、広瀬隆一局長だったと言います。
父を怒鳴りつけた唯一の殺陣師が故大野幸太郎師匠ならば、父が怒鳴りながら話し合いができたのも、広瀬隆一局長だったのです。

通常、放送局長といえば絶大なる権限を持ち、仕事を発注してもらえる東映側の父は反論し難かっただろうなと思うのですが、違ったようですね。
広瀬隆一さんは、満州で「陸王」という大きなバイクを伝令兵としてかっ飛ばしていた、まさしく、つわものでした。
広瀬さんが言いました
「ライダーと言うからにはバイクの魅力を100%出してくれ。スクーターでポトポトなんて許さんぞ」と過激な局長さんだったのです。
でも、そのおかげでスタッフにもバイクの重要性が浸透して、あれだけの素晴らしいバイクアクションが出来たのでした。

ここで、放送局と事実上番組を撮る会社(ここでは東映さん)の関係を、簡単に説明しておきましょう。
放送局が、事実上番組を撮る会社へこの時間帯に@@@のような番組が作れませんか?という相談(発注)があるのだ。当然、制作費は放送局が出すのである。力関係で言えば、施主と請負のようなもんだろうと息子は勝手に解釈しています。

父は、近年になって様々なことを息子に聞かせてくれるのですが、「仮面ライダー」の当初の予算は本当に厳しかったと言います。具体的数字は言ってないけど。それでもへこたれる父とスタッフではありませんでした。
「お金が無ければ、知恵をだせ!」といったところなんでしょうか?

あるところからドコモのスマホを貸していただき、「平成 仮面ライダーの映画」を見始めています。
予備知識がないので、理解に苦しんではいますが、第一印象では「予算タップリ」だな、ということ。
主人公も悪役も、CGもなにもかもお金が掛かっている。それは間違いないと思います。うらやましいという話では無いのです。お金があっても、ロケ現場探しに苦労したり、ファンの目に見えない苦労はいつの時代でもあることですから。

プロデューサーの仕事は、文芸面のみならず予算など番組全般の舵取りなのですが、強力な助っ人がいなければ「仮面ライダー」も成功は成し得なかったと思うのです。
強力な助っ人、その人の名は、「阿部征司さん」です。

昨年、7月に開催された【伝説のイベント】で阿部さんとお話する機会に恵まれました。
阿部さん曰く
「お父さん(平山亨)ね、忙しいから“じゃ、よろしく!”って、いなくなっちゃうんだよ」と笑いながら教えてくれた。
それを父に聞くと、顔をくしゃくしゃにして
「もー、そうなんだよ。阿部チャンがいなかったら、どうにもならなかったもん」と申し訳なさ半分、嬉しさ半分、といった様子だった。
「阿部チャンがいてくれたから、僕は文芸面に集中できたし、僕はお金の計算も弱いから予算面も苦労かけちゃったしね」

昨年の【伝説のイベント】で、阿部さんはフル回転の働きをしてくださった。本当は、大病した後だったから大変なのにね。実行委員長の故内田友作さんも、一時は体調不良で参加が危ぶまれた。父、平山亨は、4月の緊急入院で参加できず、孤軍奮闘だったのでした。2月の再手術を終えて、療養されていることは風の噂で聞きました。

もしかしたら、ロケ現場や撮影中の逸話など父より詳しいかもしれないですね。

プロデューサーの仕事にスポンサーになっていただく交渉があるのですが「仮面ライダー名人列伝」のこのように記しています。ご紹介しましょう。
以下抜粋
今流行の物をやる時には、スポンサーを説得しやすいが、海の物とも山の物とも判らない物をやる時は説得が大変である。しかも枠の現在は5%以下。そんな中で、あの鉄腕アトムのスポンサーだった明治製菓さんを獲得したのは彼ら(毎日放送さん)の努力のであった。
この明治製菓さん説得に同行して欲しいと言われて京橋だったか明菓の本社に行った事があった。勿論、まだ準備中との事でそんなに材料は無かったが、必死で喋りまくった。明菓の宣伝部長さんが
「うちは未知の物を好みます。新しい物で当たったら、うちは先駆者となれる訳だからです」と言われたのを覚えている。
「新しくても当たらなくては困ります。私達は何故か当たる物が判るのです」
その明治製菓さんが付いてくれたと聞いた時は、これはヒット確実だと心強く思ったものだった。

父にしてみれば、スポンサーさんにこのような、お言葉をいただいたことが嬉しかったに違いないと息子は思うのです。

今日は、ここまで
では、また。

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【泣き虫プロデューサーの遺言状】講談社より好評発売中。
父、平山亨は、2013年7月31日23時24分心不全により他界いたしました。

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