2017-04

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拡散希望!!【父、平山亨が日本中の子ども達に伝えたいこと】のはなし

こんにちは。
昨日は、春の嵐の中を強行軍で、父の見舞いに行ってきました。
いつもの場所では無いところで、ゆっくり話そうと父を迎えに滞在するフロアへ上がりました。
父に「よお!孫が会いにきたぞ」と言うと
「こんな暴風雨の中に、もう。。。」と言いながらも、気持ちが弾んでいるのがわかります。

今日の話題は【父、平山亨が日本中の子ども達に伝えたい事】のはなしです。

会話の主役は、2人。父と孫。
父は、孫には自分の仕事の話をしません。最初は、孫が話す事を実に嬉しそうに、ややオーバーアクションで相槌を打ちながら、聞き耳をたてています。そうです、父は、マシンガントーク炸裂しますが、聞き上手でもあるのです。孫に限らず、ちゃんと聞いてくれる大人たちを子ども達が好きな事を知っています。そして、褒め上手です。仕事は厳しい男ですが、子ども達に対してはリップサービスでは無く、良いところを見つけて子どもの目線で話しかけ褒めるのです。

そして、『泣き虫』です。思い出し笑いと云うのは聞いた事がありますが、父は、記憶を思い出しては泣くのです。一部のファンのみなさんは知っていると思います。座談会などでも、涙を溜めて話すといいます。『仮面ライダー』の企画段階で、想像上のヒーローに涙した父を、石ノ森章太郎先生は「彼ならできる」と村枝賢一先生の漫画で表現してくださっています。
そして、この話は以前書いたかも知れませんが、某劇団の子ども達の講師として教えていた時期もありました。子役と云えども、シナリオに泣くシーンがあれば涙を流さなければなりません。子ども達に泣く事を教えたのですが、父は一緒に泣いたと、本人が云います。

そして、笑います。実に嬉しそうに笑います。周りの人も幸せになるような笑い方です。「ニヤリ」などはしないでしょうね?仕事先では、どうだったか不明な部分でありますが、所謂、嘲笑という事をする性格ではありません。

怒ります。プロデューサーとして脂が乗っている頃でした。毎日ではありませんが仕事帰りの不機嫌さ、クルマの運転中、原稿などの書き物の筆が進まない時、兄が父に楯突いた時、次男坊の前でも怒ります。

父は、自分が住む場所や体裁など全く気にしない人です。そして、人より良い生活がしたいとか、良い車に乗りたいとか全く考えたことがないといいます。京都時代や東京に出てきた当初は、公団住まいでした。辻堂の公団に決めたのは、母の希望だと後年になって聞きました。母は、ミーハーな部分があって「大宮と辻堂」という選択肢を父から云われて「辻堂」と即答したのでした。昭和40年の辻堂など、今と比べて何もなく、サーファーなどカラフルなウエットスーツではなく、真っ黒なスーツ、「カラス」と呼ばれている時代です。

父の関係者に強く勧められて「持家」という方向にすすみました。あるとき父は云ってました。

「僕は、いい仕事ができれば満足なんだ。家なんて雨風凌げれば充分さ」

母は、それを聞いて怒っていましたけどね。

私は、次男坊でしたから割合、自由に何でもさせてもらいました。ほとんど「勉強しろ」などという事も云われた記憶がありません。「勉強」しろという代わりに「読書」しなさいと言葉では云いませんでしたが、自然とその行動をするように仕組まれた気がしています。父に何かを教えて貰おうとすると「調べてみろ」と国語辞典や百科事典などを引くような習慣がつきました。最近、電子化といって百科事典でも小さな機械になってしまったことを父は残念がっています。と云うのも紙の書籍で調べると興味が膨らむだろ?と言うのです。もっともな話で、百科事典の見開き2ページを見れば、写真や絵や言葉が自然と目に入ってきます。そんな父に育てられた息子ですから、父がしてくれたようなことを娘にもしてあげようと思っています。


父は、「悪魔くん」を筆頭にさまざまな子供向け番組を輩出してきました。其々の番組が、平山亨の子どものような存在であり、その番組を通じて日本中の子ども達にメッセージを送る、大事な語り手でもありました。

昭和からの多くのファンが、
「私達の子どもの頃、父がつくった番組から教わり人格形成をする上で基礎となりました。」と云ってくれます。今の時代からすれば、臭いセリフもあったかもしれません。ツッコミどころ満載なものだったかもしれません。「子ども番組」を面白くする為に、大の大人が束になって真剣に取り組むように舵取りしていたのです。当時、リアルに見ていたファンが大人になりDVDや有料放送などで、自分のお子さんと一緒に番組を楽しんでくれている様子が私に伝わってきています。ただ、「あはは」と笑って終わらない「人として重要なこと」を劇中に織り交ぜながらストーリーが進んでいきます。昭和ライダーは、劇中で“特訓”と称して新しい技をあみ出したり、ヒーローであっても努力していましたよね。

一昨日、『キカイダーとハワイ』の話題を記事にしました。大変な反響をいただいて恐縮しているのですがハワイでは『仮面ライダー』も放映していたと父は云っています。あの『仮面ライダー』でさえ、「キカイダー」に敵わなかったという事実には、父自身もびっくりしている様子です。できことなら、ハワイの方々に「なぜキカイダーあれほど、人気を得て記念日まで制定されるまでになったのか、ハワイに行って聞いてみたい」と昨日申しておりました。

「キカイダー01」の人間態を演じた、故池田駿介さんの遺灰が、ハワイの海で散骨されたことは知りませんでした。ブルー(知性)とレッド(情熱)の色の花びらと共に流したと聞いた父は、昔の現場を思い出しているようでした。

1日連載をおやすみしても、駄文に終わった感がします。
今日の話題は、ここまで。
では、また。

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【泣き虫プロデューサーの遺言状】講談社より好評発売中。
父、平山亨は、2013年7月31日23時24分心不全により他界いたしました。

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