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拡散希望!!【東映テレビ部 父、平山亨が赴任した頃】のはなし

仮面ライダー超辞典仮面ライダー超辞典
(2011/07/20)
石森プロ・東映

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こんにちは。
巷は、GWも終わり通常営業に戻ったようですね。5月病と良く云われますが、どのような症状を具体的に指す事なのか、未だに分かりません。平山家も私自身も、GWとは程遠い環境にいたからでしょうか?

さて、今日の話題は【東映テレビ部 父、平山亨が赴任した頃】のはなしです。

簡単に時系列で、ご説明しよう。
1954年7月 「東映京都撮影所」の辞令を受ける
1965年12月 「東映本社 テレビ部プロデューサー」就任

ここから、父の苦難の道がはじまります。
父が東京へ異動となった経緯をご存知の方も多いかと思います。
昔の大衆娯楽と云えば、「映画」「大衆演劇」しか選択肢がありませんでした。年末の紅白歌合戦もラジオ放送で楽しむモノで、歌手の煌びやかな衣装はアナウンサーの説明で想像するしかなかったのです。こんな時代だったから、「時代劇」の映像と音響は、人々の好奇心を満たすものでした。それから、テレビ時代が幕開けとなりました。娯楽の選択肢が増えて「テレビ」「スキー」「スケート」「プロレス」「ボウリング」等に人々の関心か移っていったのです。

太秦(東映京都撮影所)の状態を思い起こせば、撮影所に残れた幸運な者以外は、新設の京都制作所も京都テレビプロも、残る者に優位があった訳ではありません。
むしろ行き先の決まったものはいいなあ。などと口にして皆、不安の中にいました。

そんな時、今思えば、救いの神であった人がいた。同期生の上司:高岩淡氏であった。(当時制作課長)
高岩氏から「本社でテレビのプロデューサーに現場の判る人が欲しいといっている」と知らせてくれた。

「テレビのプロデューサーってなにをするんだろう」素朴な疑問だった。
当時は、映画人は「電気紙芝居」といって馬鹿にしていた空気があった。それでも、父は内心、映画もテレビも同列に考えていたのだった。

父は、1963年頃から、テレビのシナリオを書くこともあった。何故なら、時代劇を量産することがなくなってきたのだ。当時既に、テレビの世界で活躍していた大阪電通の入江さん、TBSの瓜生さん、脚本家のはざまたけしさんに出遭って、いろいろと教えを請うことが出来たのが良かったと云うのだ。

東京本社へ当初、赴任した頃の話を父から聞いた。
本社7階の映画部の隅っこにわずかなスペースのテレビ部があった。
部長1人、副部長3人、プロデューサーが数名。以前から映画本部のプロデューサーだった人々だ。

京都から一緒にテレビ部へ異動となった斉藤頼照さんが、このように云っていたそうだ。
「狭い部屋に机も椅子も貰えなくて、狭い廊下に放り出されたボロ椅子に一日中2人で座ってましたね」
「京都の連中は、送別会もしてくれませんでした」

父のメモがある。
「テレビは新しいメディアだ。古い作劇法などでは対応できない。第一、僕が舞い上がったのが、テレビ映画のスピードの速さだ。本来、映画の世界では制作的スピードでも作劇的スピードでも我が東映時代劇は世界一であった。従って、ドラマの省略法も我が松田監督は世界一の技法を持っていた。」

しかし、何と、テレビ業界では与えられる時間的制約から、それまでの映画の世界では不可能と云われた程の省略を、すでにやっていたのだ。

これを教えて貰った事は、その後のテレビ映画作りに大変な貢献をしたが、しかし、既に活躍していた方々に出会った事で、謙虚になれた事は良かったのだが、父の映画人としてのプライドは木っ端微塵に打ち砕かれてしまった。


今日の話は、ここまで。
では、また。

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テーマ:仮面ライダー - ジャンル:テレビ・ラジオ

コメント

Re: お体を御大事に

コメント、ありがとうございます。
ご心配掛けました。不眠症は、かれこれ5年以上の付き合いになります。
気にしないようにはしていますが、中々ね。
ブログは、ぼちぼちと続けます。

お体を御大事に

いつもブログの方を拝見させてもらっています
お父様の介護や詳しくは存じ上げませんが、
その他にご苦労があり体調を崩されていらっしゃるようですが、まず、自分の体を直してください。われわれ、ライダーファンは待っています
健康になり又、話を聞かせてくださる日を。
それでは御大事に。

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父、平山亨は、2013年7月31日23時24分心不全により他界いたしました。

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