2017-04

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拡散希望!!【故石ノ森章太郎先生が会心の作と述懐した番組】のはなし

人造人間キカイダー / キカイダー 01 ― サントラ人造人間キカイダー / キカイダー 01 ― サントラ
(1997/12/20)
TVサントラ

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こんにちは。
今朝の、スーパーヒーロータイム如何でしたか?
ごめんなさい。このところ、不眠症が酷く朝は朦朧としていて『特命戦隊ゴーバスターズ』を見損ねていました。
『仮面ライダーフォーゼ』は、赤目の理事長の正体(その影のようなものしか見せていませんでしたが)の部分と大杉先生が格好良いセリフを云っているなあ。という事ぐらいです。
如何に、人間は睡眠が大事であるかという事です。

さて、今日の話題は【故石ノ森章太郎先生が会心の作と述懐した番組】のはなしです。

いろいろな書籍を読み解くと、確かに故石ノ森章太郎先生は、この番組のストーリーとキカイダーのキャラクターには、特別な思い入れがあるようです。父の著書にもその記述があります。

この記事の上部に1997年に売出されたサントラ盤のジャケット。あまりに格好良いので、ご紹介を兼ねてUPしてみました。

このシリーズは、ロボットというものを通して、人間の哀歓を噛み締める名作だったと父は回想していうのです。
ロボットのジローに愛を求めるミツコ。ロボット故に実らぬ愛と抑えながらもミツコを想うジローの悲哀。
だから、子どものみならず女性ファンが多かったのだろうと推察することができます。

この『人造人間キカイダー』がつくられていた当時、父は既に番組が放映中だった『仮面ライダー』『変身忍者 嵐』『刑事くん』『超人バロム・1』を抱えて多忙な毎日を過ごしていました。

私が、物心がついた頃には所狭しと書籍が父の部屋に並んでいました。最初は、家屋内に並んでいた書籍が入りきらず、家屋の外に塀と家屋の外壁の間に細長い書庫を作りました。そこにも、溢れんばかりの書籍が並んでいました。息子共は、自由に出入りが出来て読む事ができました。読書量からすれば、父の足元にも及ばない量ですが、その部分だけを云えば幸せな環境にいたのかもしれません。

漫画本の量も、かなりな冊数になります。父が大変お世話になった『石ノ森章太郎先生』の漫画はほとんど揃っていたのだろうと父が教えてくれました。また、『水木しげる先生』『横山光輝先生』『さいとう たかを先生』『手塚治先生』『白土三平先生』『赤塚不二夫先生』の漫画もズラリと。

いつの事だったか、父のアイデアが何処から湧いてくるのか?という質問をされたと云う。
先日、大往生した義兄:故松村昌治さんからのアドバイス。
「アイデアは、出し惜しみしたらあかんよ」そんな話があったと記憶している。
多忙を極めていた父でしたが、義兄との交流は頻繁にありました。
2人とも声がとても大きい。平山家が未だ、団地住まいの頃は隣の部屋まで響く声で、母は「もう!」と怒っていた。

父のアイデアは、番組をつくっている最中に湧き上がるようです。
例えば『仮面ライダー』をつくっている時に、これは『仮面ライダー』では出来ないから、別の企画でやろう!という具合に。そんなメモが増えていくうちに、新しい企画を書き溜めていったのでしょう。

先日の、見舞い時に父へこんな質問をしてみました。
番組のスタッフの名前がOPやEDに載るじゃない?2人いるけど、どちらがメインプロデューサーなの?
父の口からこんな答えが返ってきた。
「『仮面ライダー』は、僕は文芸の部分をメインにさせてもらって、予算のことなど僕が苦手な事を阿部ちゃん(阿部征司プロデューサー)が引き受けてくれたんだよ。阿部ちゃんがいてくれたから、僕は文芸に注力できたんだ。」
「2人とも、プロデューサーという肩書きだろ?」
あれは、会社がプロデューサー補という肩書きは可哀想だということから始めたんだ。
『仮面ライダー』に関しては、僕は阿部ちゃんを信頼していたし、報告もきちんとしてくれていたね。
だから、分け隔てなく2人ともメインという拘りなくプロデューサーでいいじゃないかな?

大体、僕が年長だったから年下のスタッフをつけてくれたのかなと思うよ?
別の番組については、言及しなかった。
会社は、給与を払っているプロデューサーが遊んでいることを嫌っていたのだよ、とも、教えてくれた。

某氏からこんな話を聞いた。
父は、相手を呼ぶ時に「~さん」「~くん」など、ほとんど呼び捨てにする事がないというのだ。
実に父らしい。
一般的に、『プロデューサー』という職業柄、「おい、こら」など威圧的な態度だと思われがちで、父とは関係ない漫画でプロデューサーの描き方は、派手な格好でまさしく、「おい、こら」の世界が多いようですね。
ただ、極一部の人には、どうしても敬称を付けたくない様子でありました。

父は、イベントがあると余程の事がない限り参加させていただいていました。
これが、公式、非公式であっても。
父は、若い人達に「エネルギー」をもらえるから、だというのが参加理由。
何でも呼ばれるから、「ホイホイ」と行くわけじゃないよ。と父は云う。
もう、車椅子の生活になりましたが、歩行訓練で平行棒の捕まりながら
歩けるようになった事に気を良くした父が、最近、ムチャを云う。
「歩いて、電車乗り継いでイベントに行きたい」
私は、転んで骨折する危険性を感じ、必死に説得します。
「お願いだから、それだけはやめて」
「寝たきりになるよ」
という言葉にも納得しがたい様子でした。


父も、83歳を越えました。
先日、特撮研究所の矢島会長がお見舞いに来られた際の会話。
私が
「父は120歳まで生きるそうです」
矢島会長は、即答で
「じゃ、俺は130歳までだ」
嬉しいことです。

喋る事が元気のバロメーターの父。
最近、好調なようです。
父のお願い事は、全て叶えてあげたいけど、
「できること、できないこと」があって実に歯がゆい思いをしています。

最後になりました。
今年は、『人造人間キカイダー』の放映から40周年になります。
主役を務めた俳優::伴大介さんも、ハワイでのイベントなどに頻繁に通っているようです。
伴大介さんの公式HPを記しておきます。
ハワイでのイベントの様子が写真で見ることが出来ます。是非、ご覧ください。
http://bandaisuke.com/

今日も、纏まりのない記事で申し訳ない。
今日の話題は、ここまで。
では、また。

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コメント

Re: 素晴らしいブログ

お褒め戴き感謝申し上げます。

父とこんな会話を先日いたしました。

私「オヤジがまだ自分の足で歩けて、ファンと話せる内は俺が前面にでるべきでは無いと思った」
 「前面にでなくても、オヤジのマネージャーをしていればよかったな?」

父「ああ、少なくとも厄払いの役目は出来たろう?」

駄文でお恥ずかしい限りだが、父の様子を知らせるために続けていきます。

素晴らしいブログ

素晴らしいブログ拝見できて嬉しいです

リアルタイムではありませんが私もキカイダーが大好きでイベントで伴さん、池田さんにもお会いしたこともありました

平山プロデューサーが世に出されたヒーロー達は胸にしっかりと刻まれています

ご家族皆々様ご自愛くださいませ

キカイダーについて

 2度目のコメントです。
 自分はリアルタイムでキカイダー観ていましたが、小1だったので眠くてあまり観られなかった記憶があります。
 もっぱら再放送で何度も観ましたが後半のスリリングな展開はドラマチックで今観ても面白いと思います。
 
 01の池田さんが亡くなられたのは残念ですが作品は永遠に残ると思います。
 
 自分の父も足腰は弱りましたが自転車で出かけることができています。平山さんにも頑張って欲しいと思っています。

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父、平山亨は、2013年7月31日23時24分心不全により他界いたしました。

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