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拡散希望!!【どっこい大作、影の若者の頑張り】のはなし

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(2001/04/21)
TVサントラ、山田太郎 他

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こんにちは。
昨日、利用している住居が大家さんと管理会社との契約が解除になる話を受けて引越しを考えなければならない状況になりました。最近、流行の家電、家具付きの部屋だったので同条件での部屋探しが始まり右往左往しております。まあ、なんとかなるでしょ。引越しが面倒なだけですから。

さて、今日の話題は【どっこい大作、影の若者の頑張り】のはなしです。

数ヶ月前に『どっこい大作』の話題を取り上げました。閲覧数はあまりヒットしませんでしたが・・・
番組のスタッフ名のクレジットを見ると、父と並んでプロデューサーに七条敬三さんが掲載されています。

アニメ『Dr.スランプ アラレちゃん』の名プロデューサーとして功績を残されている方です。
現在は、アニメ、特撮などの世界から離れ海外で別のお仕事をされているようだと、噂で聞いております。

その『七条さん』の“どっこい大作”での頑張り、父からの教え・・・の内容です。

七条さんは、東映東京制作所で演技事務という職に就いていました。慶応ボーイで外国語が堪能で、映画がつくりたくて会社に就職したのに国際部という映画の輸出入をしておりました。

父が『超人バロム・1』という番組を始める時に父をアシストするプロデューサーがいなかった。会社でもおプロデューサーの人手が足りなかったのだ。
その七条さんが、プロデューサーをやりたいと父の戦友でもある内田友作さんにお願いをして、内田さんからテレビ部の管理部長だったHさんに申し出てくれたのだ。

父は、このように七条さんに云った。
「僕には、人事の決定権はない。実質的なアドバイスはしてあげるけど、プロデューサーに向いていない人を推薦したら君のためにならないと思うんだ。君がプロデューサーとして向いているか否か、君なりやってくれ」

父なりのプロデューサーの最低条件を事あるごとに教えていた。彼なりに精一杯勤めて局プロのSさんにも気に入ってもらい番組を一本撮り終えた。幸運なことに、局から根性ドラマの制作を依頼されて、テレビ部のプロデューサー不足もあり晴れてプロデューサーの見習いとなった。

父は、プロデューサーという職業は監督と並んで、なにかと話題にされたり批判されたりと矢面に立つことがあるものだと感じていた。それは、みんなが憧れる職業であると同時に辛い仕事でもあると感じていた。

だから、父は七条さんにこうアドバイスした。
「自ら持することに厳しくあれ」

プロデューサーというのは、どうしても命令系統の上位にたってモノを言わなければならない職です。
本来ならば年功を積み職歴も功績大で、誰でもその人の云うことなら文句の云えないキャリアの持ち主でなくてはできない職なのです。
「なんで、お前の云う事をきかねばならん?」
それを軽減するためには、うんと自らを戒めなければならない。

「あんなに頑張っているのだから、許してやろう」
という雰囲気が大事なのだと父は考えていました。

だから、七条さんは頑張った。
“どっこい大作”での劇中後見役に名優:志村喬さんをお願いした。しかし、名優に来ていただくには生田スタジオは、あまりににもボロすぎた。
内田さんは、俳優控え室を急遽こしらえたが、バラックはバラックである。
後は、我々の誠意しかない。
父は、志村さんに云った。
「これから、七条君が志村先生のお付きをいたします。毎朝クルマでお迎えに行き、帰りもお送り致します」
六本木と生田。七条さんは、一日も怠らず任務を果たし、おかげで志村先生に可愛がっていただき思わぬお褒めに預かったのだ。

七条さんは、私とも面識はあった。それは、平山家へ訪問してくれたからだった。
東京都府中市に家があった時期だったと記憶している。
そこでのハプニングがひとつ。
ガソリンスタンドが開いていない時だったから、正月だったのだろうか?
賑やかな話が終わり、七条さんが自家用車で帰ろうとするとなんとガス欠で動けない。
そこでどうしたか?
七条さんは、父のクルマからガソリンを灯油を汲み出す手動式ポンプを「パフパフ」させたがタンクまでは遠く、ガソリンは汲みだせなかった。
次の一手は・・・
短めのホースを使うことだった。そこで、給油口から差し入れたホースの出口を七条さんが咥えて、汲み出す勢いを付けようとしたのだ。
結果は、汲み出すことは成功した。しかし、これにはオマケがあった。
七条さんは、どのくらいの量だか本人も云わなかったのだが勢い余ったガソリンを呑んでしまったのだ。
大変苦しそうにしていた記憶があるが、その後元気に仕事をしていたというのだから大事には至らなかったのであろう。

名プロデューサーとなった七条敬三さんでしたが、何故この業界から去ったのか?
その理由は父の口からは聞いていない。

今日の話題は、ここまで。
では、また。

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父、平山亨は、2013年7月31日23時24分心不全により他界いたしました。

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