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拡散希望!!【一緒にジャイアントロボの最終回を観た】のはなし

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(2007/06/22)
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こんにちは。
ゆっくり秘密基地にてPC作業も出来ない状態が続いています。
PCに関しては素人レベルですから、『読みにくい』『ヘタクソ』ではありますが
其処のところはご容赦ください。


さて、今日の話題は【一緒にジャイアントロボの最終回を観た】のはなしです。

父が、“泣き虫プロデューサー”と呼ばれる所以は、漫画家 村枝賢一先生の『仮面ライダーをつくった男たち』の冒頭部分に描写されているとおり、ジャイアントロボの最終回を試写室でチェックしているときに号泣したとされる逸話からでした。
この番組は、1967年10月11日~1968年4月1日の放送。全26話でした。当時、私は5歳。藤沢市辻堂に住んでいた頃です。
父は、辻堂から東京の各地を奔走していましたから、ほとんど子どもの起きている時間に帰宅することはありませんでした。それでも、テレビのOPやEDに父の名前が企画者として出ることが嬉しかった記憶があります。

父の琴線が弱いことは、家族が皆知っていました。
特に、子どもが泣くようなシーンには滅法弱く涙していました。

それでも、仕事中(試写室)に泣いていたなど、その事実は知りませんでしたね。

現在、病室で伏せていることが多い父ですが、少しでも気分転換になればと思い件の映像を見せることを思いついたのです。
病室では、TVはありますがまさか音量を大きくして視聴することは、他の入院患者さんに迷惑。

いつもの見舞い客とお話する談話室で、クルマで運んだモニターとDVD機器を使って、記憶を辿って見ました。

ジャイアントロボ 最終回

ロボが大作少年の命令を無視して、『自己犠牲の精神』そのものをロボットでありながら発揮したストーリー。
最終回のストーリーが用意されていたとされていますが、やはり放映されたものが、父自身も納得の最終回。

某氏が、この最終回の特撮部分を撮り終えた特撮部、(後の㈱特撮研究所)の集合記念写真を見せてくれました。
映像データを持っている方は、確認してみてください。
最終回に吉見百穴でロケをしています。その模型が写真の傍らにありますから、間違いないでしょう。

父が教えてくれました。
ジャイアントロボを撮り終わった段階で、東映の矢島組というものが無くなってしまったのだよ。
でも、彼(矢島会長)は部下を養うためにずっと頑張ってきたんだ。
僕に無い、経営者としての才覚は間違いなくあった。

僕にもっとプロデューサーとして、特撮に予算を付ける交渉能力があったならば
あんなに苦労を掛けることはなかった。
本当に、申し訳ないって。

もう1本、最終回前の回も視聴。

少し前に、BS朝日で放映された、宮内洋さんと藤岡弘さんとのクルマで移動しながらの対談番組も視聴。
父は、2人を観ていて終始笑顔でした。

父の体力が大丈夫そうなので、『柔道一直線』も2本視聴。

先日、テレ朝『マツコ&有吉 怒り新党』で放映されたもとの3話のデータがあったのでした。

父は、その最終回と二段投げの回を視聴。

父は頷いていました。

キャスティングについてです。
高松英郎さん、牧冬吉さん、名古屋章さん、青木和子さん、近藤正臣さん などなど

若者だけの配役では、あそこまでドラマがしっかりしたものにならかったのでした。

ピアノの上で踊りながら弾いたり、現実離れした技などが、話題先行していますが
なかなかどうして、ストーリーの芯ははしっかりしています。

父も自分が関わった番組だと、どうしてもカラダが前のめりになって視聴します。


さて、次は何の番組を見せようか?

個人的には、仮面ライダーの地獄谷の決闘の映画なんか良いかな、なんて思っています。


余談
最近、看護婦さん等を甘やかしたようで、私が病院に行くと「今日は、誰がお見舞いに来るの?」なんて質問されます。いやいや、みなさん忙しいから、毎週誰かが来院されるという訳ではないことを伝えましたよ。

今日は、グダグダの記事で申し訳ない。

今日の話題はここまで。
では、また。

次回の記事は、あるイベントの告知になります。


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コメント

今は昔ですが。

 このHPに初めてたどりつかせていただきました。
今は昔になってしまいましたが、いつかの仮面ライダー40周年祭では大変お世話になりました。
役者やスタッフの皆様から亨先生のご活躍についてお聞きするにつけ、いかに我々が亨先生の御偉業によって育てられてきたかが本当によくわかりました。
そして、その際、平山さんから先生のご体調の様子をお聞きして、大変心配しておりました。

今は亡きスタジオ・タカタカブーンにての佐々木さん、荒木さんらのイベントでは、先生が御足の調子が良くないにも拘らず、駅からスタジオまでわざわざ徒歩でおみえになったのを知り、その御熱意に胸が熱くなりました。
階段を一緒に上らせていただき、控室で先生からジャイアント・ロボのお話等を直に伺うことができたこと、そして手持ちのロボのフィギュアに記念のサインをいただけたことは自分の一生の宝物となりました。
今更ではありますが、亨先生のご冥福を心からお祈りするとともに、これまでの先生の御偉業に対し、深く感謝させていただきます。

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【泣き虫プロデューサーの遺言状】講談社より好評発売中。
父、平山亨は、2013年7月31日23時24分心不全により他界いたしました。

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