2017-06

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拡散願う【急逝の1日前からの出来事】その2

疲労困憊の末、ニンニク注射を打ってもらい9月に行う四十九日まで乗り切れるようメンテナンスをしてきました。

さて、31日の23時18分に入間川病院から急変を告げられ、向かうところで昨日は終わりました。

その続きです。

着るものだけ整えて、病院に向かいました。

スピードは出していましたが、意外と冷静だったように思います。

ストップ&ゴーが多い一般道を使うとロクなことが無いと思い、君津から川越まで高速道をひた走りました。

病院北口のインターホンを押し、5階へ向かいます。新しい建物になった病院建物は移動手段はエレベーターのみ

で中々1階に来なかった記憶があります。

ナースステーションで声を掛け、オヤジの部屋へ向かいます。

そこで見た光景は・・・

顔に白い布が掛けられたオヤジがいました。間に合いませんでした。

オヤジに『お前が俺を看取れ。』と云われ私を奮い立たせてくれたあの日。

愚直に病院に通う日々。

映画かドラマのように勝手に想像していました。

オヤジが亡くなるまで時間の余裕があり、オヤジの手を握って最期の言葉を交わすことができる。

そんな幻想です。事実はそんな甘いものではありませんでした。

23時18分に急変の電話があり、その6分後の23時24分に心肺停止。

病院内に居なければ間に合うはずもない最期でした。

茫然自失と云いたいのですが、怒涛のごとく此処から私がやらなければならないことが山ほどありました。

病院側としては、速やかに退院する手順になります。

オヤジの安置場所を決めて、移動しなければなりません。分かっていたことですが、安置場所がすぐ決まらない事実がありました。

普通の家庭であれば、オヤジの自宅に安置するところですが母の認知症がひどく、幻覚で交番まで巻き込む騒ぎを

頻繁に起こしていました。そんな自宅にオヤジを安置することが出来ず、何件かの葬儀屋に連絡を取り落ち着き先が決まりました。

不謹慎ながら、ネットでここかなという葬儀屋の連絡先をピックアップしていました。その他病院から紹介された2社に電話をして、安置場所の相談をしたのです。

合計3社に連絡をしたのですが24時間営業と云えども酷い対応でした。明らかに寝起きの声で要領を得ません。
こちらは、退院を迫られており要領を得ない2社は電話をフェードアウトし、残り1社は若い男性が経験は浅そうでしたが誠意ある対応で、しかも病院まで来てくれたのです。

オヤジを亡くした私としては、安心した一瞬でした。
しかも、自社の会館に安置場所を提供し、そこで亡骸とのお別れ会を開く協力を惜しみなくしてくれました。

狭山市内の東綜社という葬儀社です。

安置した翌日から、亡骸とのお別れ会、お通夜、告別式の打ち合わせです。

お経をあげてくれる僧侶は、決めていました。義父の葬儀でお世話になった和尚さんです。

まったく知らない和尚さんで訳も分からず、あっという間に送ることは避けたかった。それだけです。

ひとつひとつ、納得する形でオヤジを送りたかった。

和尚さんと戒名の相談もお任せにしたくない。本当にやりにくい親族だったでしょう。

兄も家族葬にすることに同意しており、喪主も快く私がすることに同意してくれました。

一般的に考えて、妻でも長男でもない私が喪主を務めることは奇異に感じたかもしれません。

オヤジの関係者、マスコミなどの応対を考えれば私が一手に引き受けるのがベストであろうという判断です。

オヤジの訃報の第一報は読売新聞と決めていました。某氏は、平等に共同通信へ連絡してなんて云ってましたが

まったくオヤジの予備知識も入ってない新聞記者に訃報を入れるなど、考えられなかったのです。

有難いことにオヤジが勤めていた東映の総務部がマスコミの窓口となってくれました。

これは遺族にとって本当に有難いことで、この場を借りて御礼申し上げます。

他の取材記者は、正直残念でした。まったく予備知識もない状態での取材、すこしはオヤジの自伝奮闘記ぐらい、

ななめ読みでもいいから、経歴などありきたりの質問には辟易しました。

ある大手新聞記者など、Twitterの個人のアカウントからダイレクトメールで取材申し込みがありました。

誰でも知っている新聞社ですよ。フォロワーであったことすら覚えていない人です。ツイの交換もしていません。

言い訳がまた、ありえなかった。

「連絡先が分からなかったもので。」

他のマスコミは常識的ルートから礼儀正しく取材申し込みがありましたよ。知らなかったは理由にならない。

そんな場面もありました。本当にメソメソ泣くなんて余裕はありませんでした。

告別式で泣く前に、ある人に報告してるときに嗚咽を漏らしてしまいました。

次回は、その人の話からご紹介します。

では、また。
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